【第94回 2016.09.13】

学生・生徒・児童について思っていること

投稿者:清野 善剛(昭和57年 人文学部 法学科14回卒)

 先日、還暦を迎えました。
 静岡大学人文学部には6年通って、大阪市役所に奉職して35年がたち、今年定年を迎えるので、私の大学生活は約40年前のことになります。
 当時の生活を思い出すと、おそらく静岡大学生の7割くらいは日本全国の様々な地域から集まった下宿生で、大多数は大谷~池田周辺で、学費は奨学金を借りていた人もいましたが、保護者からの仕送りとバイト代で生活していたと思います。
 学校や下宿内での付き合いだけでなく、同級生、ゼミ、サークル等々の仲間と遊び(夜も、勉強合宿も。)にいく機会も多く、みんな学生生活を謳歌していて、日々の生活に追われている人が多かったという印象はあまり残っていません。


 2年前に人文学部の連携講座に講師として参加させていただき、今の静岡大学に触れ合うことができ、受講者(学部の1、2年生。)の1割以上を留学生が占めていたこと、また、教員が大学院中心に集められているという印象を感じ少しショックを受けました。
 仕事の関係で、大学院も含め、大阪大学、首都大学東京、関西大学等でも講義させていただいており、まったく大学生と没交渉であったわけではありませんが、30年ぶりに母校を訪ねて、私たちの時代との違いを強く感じる機会になりました。


 私は、卒業35年後の今、大阪市生野区長という仕事についており、市民の皆さんに接する機会も多いのですが、生活保護や、義務教育段階での就学援助を必要とする子どもが明らかに増加していると実感しており、大学時代の奨学金の返済に卒業後苦慮している社会人の話も、繰り返しテレビ番組にも取り上げられているのを目にしています。
 日本の将来を担う子ども達が十分な教育を受け、将来の夢を育むためには、社会全体で、子どもの日々の生活を看ていかなければならない時代になってしまったのかな、子育て世代を卒業し、高齢者に向かう我々はどうすべきかなと、仕事上でも、いつも考えている毎日です。

 

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