平成30年度静岡大学学位記授与式(静岡地区)を挙行しました

2019/03/25
ニュース

 平成31年3月23日(土)に平成30年度静岡大学学位記授与式(静岡地区)がグランシップを会場に行われ、学部学士課程卒業生1,184名、大学院修士課程修了生200名、大学院博士課程修了生6名、大学院専門職学位課程25名に学位記が授与されました。

 開式前には、静岡大学管弦楽団が「威風堂々」の演奏を行い、厳かな雰囲気の中での開式となりました。
 石井学長からは、「平成の次の時代に向かって、異なった声に積極的に耳を傾け、持続可能な未来をもたらすことができるような社会の在り方を常に追求しようとする強い意思に導かれて前進して下さい」との告辞がありました。
 また、本学在校生を代表して、人文社会科学部3年生の貝瀬 彩華 さんから後輩からの贈る言葉をいただきました。
 学業成績が優秀な卒業生(人文社会科学部 早川 彩乃 さん、教育学部 篠原 那由多 さん、理学部 髙井 菜月 さん、農学部 長屋 日奈子 さん)に対して表彰状と記念品が贈られました。
 最後に、卒業生・修了生を代表して理学部 小縣 一輝 さんから、学長をはじめとする教員等に対する謝辞がありました。

 学び舎の静岡大学を忘れず、これからの人生をしなやかに、精一杯生きていってほしいと願い、みなさんの今後の活躍を期待しております。

 式典では、代表者へ学位記が授与されました。

式典では、代表者へ学位記が授与されました。

 学長から卒業生・修了生に向けて、今後の活躍を期待し、告示がありました。

学長から卒業生・修了生に向けて、今後の活躍を期待し、告示がありました。

<平成30年度静岡大学卒業・修了者数(静岡地区)>

○学部(学士課程)
人文社会科学部     442名
教育学部        374名
理学部         208名
農学部         160名
計          1,184名

○大学院(修士課程)
人文社会科学研究科             22名
教育学研究科                36名
総合科学技術研究科(理学専攻、農学専攻)  142名
計                     200名         

○大学院(博士課程)
教育学研究科      1名
自然科学系教育部    5名
計           6名

○大学院(専門職学位課程)
教育学研究科      23名
法務研究科       2名
計           25名

静岡地区合計    1,415名

成績優秀者に表彰状と記念品が贈られました

成績優秀者に表彰状と記念品が贈られました

卒業生・修了生を代表して理学部 小縣 一輝 さんから謝辞がありました。

卒業生・修了生を代表して理学部 小縣 一輝 さんから謝辞がありました。

<平成30年度静岡大学学位記授与式(静岡地区)学長告辞>

 ただ今、学部1,184名、大学院修士課程200名、大学院博士後期課程5名、専門職学位課程25名の方々に学位記を授与致しました。また、愛知教育大学との共同大学院として教育学博士の学位を1名に授与致しました。
 二〇日の浜松キャンパス学位授与式での卒業・修了生を合わせると、学部1,913名、大学院修士課程574名、大学院博士後期課程27名、専門職学位課程25名の合計で、2,539名に、学位記を授与いたしました。

 卒業生、修了生の皆さん、ご卒業おめでとうございます。ここに、静岡大学教職員を代表して、お祝いを申し上げます。卒業生・修了生の今日のこの日を心待ちにしてこられた、ご家族・保護者の皆様にも、心よりお祝い申し上げます。
 またご多忙にも関わらず、授与式にご臨席をたまわりましたご来賓の皆様には、厚く御礼申し上げます。

 さて皆さんはこの平成最後の年、そして五月からは新しい天皇の即位を迎えるこの記念すべき年に、それぞれが選んだ道を歩み始めることになります。昨年末の現天皇にとっての最後の天皇誕生日にあたっての記者会見のなかで、天皇は「平成が戦争のない時代として終わろうとしていることに、心から安堵している」と発言されました。少年時代に太平洋戦争を経験され、そこで失われたおびただしい命と戦後の荒廃した国土を目の当たりにされた一人の歴史的証人としての、この深い想いのこもったお言葉には心動かされるものがありました。
 また同じ会見のなかで、「私は即位以来、日本国憲法の下で象徴と位置付けられた天皇の望ましい在り方を求めながらその務めを行い、今日までを過ごしてきました」とも述べておられます。このお言葉は、平成二八年八月に自ら退位の意向を示された際のご発言とも呼応していますが、何よりもまず、一九四六年一月一日に出された昭和天皇のいわゆる「人間宣言」を忠実に引き継ぐものとなっています。この宣言において、昭和天皇は「朕ト爾等国民トノ間ノ紐帯ハ、終始相互ノ信頼ト敬愛トニ依リテ結バレ、単ナル神話ト伝説トニ依リテ生ゼルモノニ非ラズ。天皇ヲ以テ現御神(あきつみかみ)トシ、且日本国民ヲ以テ他ノ民族ニ優越セル民族ニシテ、延(ひい)テ世界ヲ支配スベキ運命ヲ有ストノ架空ナル観念ニ基クモノニモ非ラズ」と、天皇が神ではなく、国民との間の相互の信頼と敬愛とによってはじめてその存在を正当化されるものであることを明確にされました。天皇が先に紹介した平成二八年夏の退位意向表明のなかで、喜びの時も悲しみの時も常に国民とともにあることを示し続けることによって象徴としての天皇の役割について国民の理解を絶えず求め続けることの重要性を強調され、そのような役割を果たしえない時には天皇という地位から身を引くべきであるという立場を明らかにされたのも、天皇は退位することの許されない神ではなく、社会によって与えられた務めを果たす義務を負った一人の人間であることを宣言しておく必要を感じられたからに他なりません。
 政治思想史がご専門の片山杜秀氏は、このような天皇の象徴としての役割の自覚とそれがあるべき天皇像として広く国民に受け入れられていることは、国家としての日本が未来に向かって正しい道を進んでいく上での明るい展望を示すものになっていると主張しています。片山さんによれば、江戸末期・明治維新以降の近代日本は、国を開き、グローバルスタンダードを積極的に受け入れて行くことによって経済的、社会的、政治的発展を遂げようとする「文明開化」路線と天皇を中心とする国民的アイデンティティという基盤を重視し、このような基盤を危うくする可能性のある外国からの影響を極力排除しようとする「王政復古=尊王攘夷」路線との間を常に極端な形で揺れ動いて来ました。
 昨年の大河ドラマ『西郷どん』でも描かれていたように、一九世紀後半の欧米列強による全世界の植民地化としての帝国主義-日本にとっては特にアヘン戦争後のアジアの大国中国の欧米への屈服という事実がショックだったわけですが-という形のグローバリゼーションに直面して、若き改革者たちはまず「尊王攘夷」というスローガンに惹かれ、それに挫折することを通じて「尊王開国」から「文明開化」へと大きく舵を切ることになりました。また二〇世紀に入ってからの経済のグローバル化と世界大恐慌及びそれに伴う日本社会における農村の疲弊、経済格差の拡大は、ファシズムの成立につながり、天皇の軍隊による対外拡張路線としての日中戦争、太平洋戦争という大規模な「尊王攘夷」運動の登場とおびただしい犠牲という帰結を生み出しました。グローバリゼーションに直面して極端な「尊王攘夷」路線に舵を切りすぎると大失敗するというのが、日本の近代史から学ぶべき教訓だと言ってよいでしょう。
 戦後の日本は神としての天皇という中心から離れ、基本的には「文明開化」路線を基調に進み、様々な問題はあったにせよ、多くの国民は高度経済成長を通じて豊かな生活を手に入れることができました。しかし、平成という時代に入った一九八〇年代末以降は、いわばこのような「文明開化」の負の側面とでも言うべき出来事が噴出し続けて現在に至っています。ベルリンの壁が崩壊し、東西対立が解消されるのに伴って、アメリカをモデルとする経済、産業、社会システムのグローバリゼーションが急速に進み、新自由主義的な政策が支配的となって世界の一パーセントの富裕層が全世界の富の八割以上を独占するといった極端な経済的格差が生まれました。また豊かな生活を求めて発展途上国から先進国へと向かう移民の流れが先進国内部での社会的緊張の原因となり、反移民を掲げる政治勢力に大きな力を与えています。また特に日本においては、二〇一一年の東北大震災に代表される、昭和の時代には幸いにも発生しなかった大規模な自然災害が相次ぎました。そしてこれに伴う福島原発の深刻な放射能漏れは、「文明開化」の象徴に他ならない先進的なエネルギー技術の持つ負の側面を嫌というほど我々に見せつけました。
 このような現状は、世界大恐慌に伴う経済的苦境や関東大震災による大都市東京の徹底的崩壊等に見舞われた一九二〇年代から三〇年代にかけての時代と多くの共通点を持っています。この時代にも露頭に迷う経済的弱者や災害によって人命や財産を失った被害者たちの救済という課題が深刻な形で提起されました。そしてこの課題に応えうる存在として最終的には国家という枠組みが前面に出てくることになったのです。グローバリゼーションや都市化といった「文明開化」路線のもたらした数々の否定的帰結への反発とこれらの問題に一気にカタをつけようとする一種の冒険主義が、第二のそして幕末期とは異なって大規模に現実化された「尊王攘夷」運動としての昭和の戦争の原因となりました。
 「文明開化」の負の側面が誰の目にも明らかになっているこの平成という時代においても、経済的・社会的弱者や災害の被害者を救済する適切な政策を欠くならば、世界各国に登場している独裁的で強権的な政権や政治勢力に見られるような狂信的で排外主義的な傾向を助長し、日本を再び極端な「尊王攘夷」路線へと導く可能性があります。そのような状況の下で、天皇が象徴としての自らの役割を度々強調することによって「神に選ばれた民族」としての日本人といった神話とは明確に一線を画し、年末の談話のなかでもこれから拡大しようとしている外国人労働者の問題に特に触れて、「各国から我が国に来て仕事をする人々を、社会の一員として私ども皆が温かく迎えることができるよう願っています」と述べておられることは誠に心強いことだと考えます。
 狭く閉ざされた枠組みとしての「国家」や「国民」の一員としてではなく、我々の社会のなかで共に生活するすべての人々に広く手を差し伸べることができるような存在として一人ひとりの日本人は生きて行くべきではないのか、そのような寛容で開かれた社会の下でこそ、「文明開化」という大きな流れから取り残される弱い立場の人々もまた夢を失うことなく、我々と共に将来に向かって進むことができるのではないか、そして現代のまた未来の天皇の役割は、まさにこのような意味での日本を「象徴」する存在であり続けることではないのか、天皇はこのように我々に、そして更には天皇の地位を受け継ごうとしている皇太子浩宮に呼びかけているように私には思われます。
 これからこの大きな分かれ道にある日本という社会を、更には国際社会全体を責任ある一人の大人として担っていくことになる皆さんには、是非このような長くかつ広い歴史的・社会的展望のなかで今何をなすべきかについて真剣に考えていただきたいと思います。最近は一国の指導者ですら、フェイスブックやツイッターといった仲間受けするグループのなかだけの心地よいやりとりの空間に閉じ籠ろうとする傾向が強くなっています。また取り敢えず、今の自分とその周辺だけの小さな幸せが確保されることにしか関心を示さない一種の刹那主義とでも言うべき生活態度が広がりつつあるのも心配です。最後に、平成の次の時代に向かって、異なった声に積極的に耳を傾け、持続可能な未来をもたらすことができるような社会の在り方を常に追求しようとする強い意思に導かれて前進して下さるようお願いして私からの皆さんへのはなむけの言葉と致します。

二〇一九年 三月二三日
静岡大学長 石井 潔

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