【第138回 2020.9.9】

ハビタブル惑星の発見とSF小説「三体」

投稿者:浅野 安人(昭和47年 理学部物理学科卒)

 アルファ・ケンタウリの「ケンタウリ:centaury」はケンタウルス座という星座のこと。ケンタウルス座は南天の南十字星にほど近い位置にあり、日本では沖縄や小笠原などで見ることができる。この星座を構成する星々のうち、肉眼で最も明るく見える星がケンタウルス座アルファ星(アルファ・ケンタウリ)で、全天でもシリウス、カノープスに次いで3番目に明るい。この星は太陽系から約4.3光年のところにあり、地球に最も近い恒星である。

 

 アルファ・ケンタウリは肉眼では一つの星に見えるが、望遠鏡で観察すると二つの恒星からなる連星であることがわかる。明るいほうをアルファ・ケンタウリAといい、質量は太陽の約1.1倍で明るさ(光度)は約1.5倍、もう一方をアルファ・ケンタウリBといい、質量は太陽の約0.9倍で明るさは約0.5倍だ。互いの周りを約80年で一周し、その間、両者の距離は約10パーセク(pc:天文単位※1)から約40パーセクの間を変動する。

 

 

 二十世紀に入って全天の観測がさらに進むと、アルファ・ケンタウリ恒星系は連星ではなく、さらにもう1つ、恒星が重力的に結びついた3重連星であることが明らかになった。その3番目の恒星がプロキシマ・ケンタウリで一九一五年に発見された。質量は太陽の1/10、明るさは太陽の約0.002倍だ。最も三重連星といっても、アルファ・ケンタウリAと同Bの連星とプロキシマ・ケンタウリとの距離は約15,000パーセク(約0.2光年)もあり、天空上でもかなり離れている。プロキシマ・ケンタウリがアルファ・ケンタウリAと同Bの連星の周りを回る公転の周期は50万年以上と見られる。

 

 そして21世紀、プロキシマ・ケンタウリの発見から約百年後の2016年、国際共同の「Pal Red Dot (PRD)※2」プロジェクトのグループはプロキシマ・ケンタウリに興味深い惑星を発見した。このプロキシマbの惑星タイプは、地球に似た岩石惑星で、その公転周期は11.186日、質量の下限値は地球の約1.27倍、公転軌道半径は0.05パーセクである。この公転軌道半径は、 プロキシマ・ケンタウリのハビタブルゾーン(habitable zone ※3)内にある。

 

 プロキシマbがハビタブルゾーンにある岩石であることがわかってきて、生命を宿しうる海と大気が存在するかどうかに関心が集まっている。もっともハビタブルゾーンにあるといってもG型星(太陽)の惑星(地球)とM型星(プロキシマ・ケンタウリ)の惑星(プロキシマb)とでは状況が大きく異なる。

 

 プロキシマbの主星であるプロキシマ・ケンタウリは太陽よりも活動が活発で大規模なフレアが発生するので、至近距離を周回するプロキシマbは高エネルギーの直撃を受ける。またプロキシマ・ケンタウリは太陽と同じレベルの強さのX線を放射しているが、プロキシマbは主星からの距離が地球の1/20なので、地球に比べて約400倍強いX線にさらされる。紫外線も強い。また、プロキシマ・ケンタウリが生み出す磁場は太陽の数百倍も強い。もしプロキシマbの誕生時に大気が存在していたとしても、至近距離からのフレアの直撃や強力なX線と紫外線。強磁場によって大気が失われてしまった可能性がある。

 

 惑星本体の温度分布も地球とはまるで違っている可能性が強い。月は地球の周りを一周しながら一回自転するので常に同じ面が地球に向いているが、主星の非常に近くを周回する惑星でも同じようなことが良く起きる。この現象を「潮汐ロック」という。プロキシマbも潮汐ロックが起きている可能性が強い。その場合常にプロキシマ・ケンタウリに向いている半球には夜が訪れないので高熱になり、反対側の半球は常に夜の極寒の世界になる。夜側の半球は海が存在するとしても凍結しているかもしれない。

 

 ただプロキシマbが地球のようにある程度強い磁場を持っていれば、その磁場が一種の障壁のような働きをして大気の流出を防いでくれる可能性がある。また潮汐ロックが起きていても、昼側の高温の半球と夜側の寒冷な半球との寒で大気や海の循環が生じ、それほど大きな温度差にならない可能性もある。昼側の半球と夜側の半球の境界領域は常に夕暮れの世界となり、こうした場所なら比較的、温和な環境が実現しているかもしれない。

 

 この惑星をモデルにしたようなSF小説がある。中国の作家、劉慈欣による「三体」(※4)である。この小説が刊行されたのは10年以上前だが、その時点で惑星プロキシマbが発見され、スターショット計画がスタートしていたらこの小説はもっと興味深いものになっていたのではなかろうか。

 

※1 1pc=3.259光年=3.084×1013km、10パーセクは、太陽~土星の距離、40パーセクは、太陽~冥王星の距離に相当。

※2 米国の天文学者で作家でもあったセーガン(Carl Sagan)が、探査機ボイジャーが1990年に太陽系外縁から撮影した地球の姿を「Pale Blue Dot」と呼んだことになぞらえた。

※3 惑星表面に水が液体として存在しうる程度の暖かさになる帯域。

※4 劉慈欣著「三体」早川書房。

リレーエッセイへのコメントを募集しています。詳しくはこちらをご覧ください。