胃を持たない魚類が収斂(しゅうれん)的に失った 遺伝子を特定 -器官の喪失に伴うゲノム変化の理解に向けて前進-

2024/05/14
プレスリリース

【要点】

○ 胃を持たない魚(無胃魚)で共通して欠失・偽遺伝子化した4つの遺伝子を特定。

○ 無胃魚で欠失した遺伝子の一部が胃を持たない哺乳類でも欠失していることを確認。

○ 器官の喪失に伴う収斂的なゲノム変化の理解や、生物多様性保全への応用に期待。



概要

東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系の 加藤 明 准教授、太田 地洋 大学院生、永嶌 鮎美 助教、同 科学技術創成研究院 細胞制御工学研究センターの 駒田 雅之 教授、東京大学 大気海洋研究所の Supriya Pipil(スープリヤ・ピピル)博士(研究当時)、渡邊 太朗 博士、黄 國成 助教、竹井 祥郎 名誉教授、静岡大学 学術院理学領域の 日下部 誠 教授、メイヨー医科大学(米国)の Michael F. Romero(マイケル・F・ロメロ)教授らの研究グループは、さまざまな系統に属する無胃魚で共通して4つの遺伝子が欠失・偽遺伝子(用語1)化していることを発見しました。

魚類全体の20-27%が胃を持たず、さまざまな系統が独立に胃を失ったことが知られています。
胃の喪失に伴う遺伝子欠失として、これまで4つの遺伝子(atp4a、atp4b、pgc、pga2)の欠失が知られていました。
今回の研究では、11種の無胃魚(ゼブラフィッシュ、メダカ、ベラ、フグなど)と12種の有胃魚(ナマズ、ニジマス、ティラピア、イトヨなど)のゲノムデータベースを網羅的に比較した結果、新たに4つの遺伝子(slc26a9(用語2)kcne2(用語3)cldn18a(用語4)vsig1(用語5))の欠失・偽遺伝子化を見出すことに成功しました。
有胃魚(イトヨ)におけるこれらの遺伝子の組織発現を解析したところ、すべて胃に発現していました。
さらにこうした遺伝子の一部は、胃のない哺乳類(カモノハシなど)でも欠失していることが確認されました。

これらの結果は、器官の喪失に伴ってゲノム中に起きる収斂的(用語6)な変化の理解を前進させるものであり、水生動物の多様な環境適応戦略の理解や生物多様性の保全への応用が期待できます。
本研究成果は、4月3日に「Communications Biology」にオンライン掲載されました。

  無胃魚と単孔類が共通に欠失・偽遺伝子化する遺伝子  胃を持たない、もしくは退化させた系統(無胃魚、単孔類)を赤字で示す。各遺伝子の存在を白丸で示す。本研究ではslc26a9、kcne2、cldn18a(カモノハシ、ハリモグラはcldn18)、vsig1の4遺伝子の有無を解析した。atp4a、atp4b、pgc、pga2(カモノハシ、ハリモグラはpga)の4遺伝子の有無は過去の他のグループによる報告の結果を再検証してまとめた。

無胃魚と単孔類が共通に欠失・偽遺伝子化する遺伝子
胃を持たない、もしくは退化させた系統(無胃魚、単孔類)を赤字で示す。各遺伝子の存在を白丸で示す。本研究ではslc26a9、kcne2、cldn18a(カモノハシ、ハリモグラはcldn18)、vsig1の4遺伝子の有無を解析した。atp4a、atp4b、pgc、pga2(カモノハシ、ハリモグラはpga)の4遺伝子の有無は過去の他のグループによる報告の結果を再検証してまとめた。

【用語説明】

(1) 偽遺伝子:
かつては機能していたが、突然変異や一部配列の欠失により機能を失った遺伝子。さらに時間が経過すると、偽遺伝子の配列全体がゲノムから完全に失われる。これを遺伝子の欠失という。例えばヒトゲノムにはタンパク質をコードする完全な遺伝子が約2万、偽遺伝子が2万以上存在することが知られる。

(2) slc26a9:
溶質輸送体26ファミリー(solute carrier family 26、Slc26)は陰イオン輸送体ファミリーの一つであり、11のメンバーが存在する。slc26a9はその9番目のメンバーであるSlc26a9をコードする遺伝子。Slc26a9は哺乳類の消化管や肺に発現し、Cl-チャネルとして機能する。

(3) kcne2:
電位依存性カリウムチャネルのβサブユニットの一つであるKcne2をコードする遺伝子。αサブユニットの一つであるKcnq1とKcne2は胃の壁細胞(胃酸分泌細胞)の細胞膜上で複合体を形成し、カリウムイオンの分泌に寄与する。

(4) cldn18a:
クローディン18をコードする遺伝子。クローディンは上皮細胞の密着結合(タイトジャンクション)を形成する膜タンパク質で、上皮組織のバリア形成や細胞間隙を介した物質透過の選択性を担う。クローディン18は水素イオンの細胞間隙の透過を防ぐバリアとして機能する。真骨魚類は全ゲノム重複により生じた2つのクローディン18遺伝子(cldn18a、cldn18b)を有する。

(5) vsig1:
免疫グロブリンスーパーファミリーに属する細胞間接着タンパク質の一つであるVsig1をコードする遺伝子。胃、肺、精巣に発現することが知られる。

(6) 収斂(しゅうれん)的:
異なる系統の生物が、環境要因などにより類似した形質を獲得することを収斂進化と呼ぶ。


【論文情報】

掲載誌:Communications Biology
論文タイトル:Convergent gene losses and pseudogenizations in multiple lineages of stomachless fishes
著者:Akira Kato, Supriya Pipil, Chihiro Ota, Makoto Kusakabe, Taro Watanabe, Ayumi Nagashima, An-Ping Chen, Zinia Islam, Naoko Hayashi, Marty Kwok-Shing Wong, Masayuki Komada, Michael F. Romero, Yoshio Takei
DOI:10.1038/s42003-024-06103-x

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