平成29年度静岡大学入学式を挙行しました

2017/04/04
ニュース

 平成29年4月4日(火)にグランシップ 大ホールにおいて、平成29年度静岡大学入学式を挙行しました。
 当日は、新たな門出を祝福するかのような晴天に恵まれ、新入生は、会場入口で先輩学生たちから祝福のエールを受けながら、緊張した面持ちで入場しました。
 式に先立ち、山﨑 優子氏の指揮により、静岡大学混声合唱団による「早春賦」と静岡大学学生歌「われら若人」の合唱があり、続いて山上 純司氏の指揮により、静岡大学管弦楽団から「楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」より第1幕への前奏曲」が演奏され式典に華を添えました。
 式では、4月1日に就任した石井 潔学長から、学部生2,041名(編入学生を含む。)、大学院生667名の新入生に対して、入学が許可され、石井学長からは、「皆さんとともに静岡大学の一員として文明としての教育・研究を推し進めていくことができるのを心から楽しみにしています。」と式辞がありました。
 続いて、新入生を代表して、情報学部行動情報学科 角田 一星(つのだ いっせい)さんと大学院総合科学技術研究科農学専攻 桜庭 俊太(さくらば しゅんた)さんからそれぞれ、静岡大学での新たな第一歩に向けて力強い宣誓が述べられました。
 式終了後には、本学教育学部を卒業され、社会でご活躍されている児童文学者・翻訳家の清水 眞砂子(しみず まさこ)さんから「答える力より 問う力を!」というテーマで、特別講演をしていただきました。

 新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。これからの大学生活をともに活気ある有意義なものにしていきましょう。

 石井学長から、入学生へ式辞がありました。

石井学長から、入学生へ式辞がありました。

 学部入学生代表者 情報学部の角田 一星(つのだ いっせい)さんから入学生宣誓がありました。

学部入学生代表者 情報学部の角田 一星(つのだ いっせい)さんから入学生宣誓がありました。


【平成29年度入学者数】
学部(学士課程)大学院(修士課程)大学院(博士課程)
人文社会科学部445名人文社会科学研究科26名教育学研究科4名
教育学部303名教育学研究科45名自然科学系教育部30名
情報学部248名総合科学技術研究科539名34名
理学部238名
工学部560名大学院(専門職学位課程)
農学部196名教育学研究科23名
2,041名610名23名


合計 2,708名

左から「大学院入学生代表者 総合科学技術研究科農学専攻の桜庭 俊太(さくらば しゅんた)さんから入学生宣誓がありました。」
   「在校生を代表して、農学部4年の坪野 拓洋(つぼの たくひろ)さんから先輩からの歓迎の言葉がありました。」
   「本学卒業生である児童文学者・翻訳家の清水眞砂子さんに特別講演をしていただきました。」


【平成29年度入学式式辞】


 新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。あわせて本日おいでいただいておりますご家族の皆様にも、お子様たちのご入学を心よりお祝い申し上げます。
 また、ご来賓の皆様におかれましては、お忙しいところご臨席賜りましてまことにありがとうございます。

今年度は、学部学生2,018人、編入学23人、大学院修士課程610人、大学院博士課程34人、専門職大学院 教育実践高度化専攻23人、の合わせて2,708人の新入生をお迎えすることができました。全学の教職員を代表しまして、皆さんのご入学を心より歓迎致します。

 本学の理念「自由啓発・未来創成」は、昭和初期の「暗い時代」に先立つ大正自由教育の溌剌とした気風の下で産声をあげた本学が、そのような気風の継承・発展の上に立ち、全学の教職員、学生が手を携えて、希望に満ちた未来を創り上げていこうとする意思を示したものです。静岡大学を自由闊達で多様性に満ちた教育・研究の場として更に発展させて行くためには、若い皆さんの協力が絶対に必要です。共に学び、共に語り合い、この時代と社会を少しでもよいものにするために私たちに何ができるのかを一緒に考えようではありませんか。
 大学において教育・研究を進めて行くという営みは、教職員と学生が共に対等な立場で取組むべきものであり、決して一方的に「伝授」されるべきものではありません。私にはこんな経験があります。

 私は教育学部を中心に哲学・倫理学に関わる科目を長く担当してきましたが、教育学部の大学院に所属していたインドネシアからの女性の留学生と福沢諭吉の『文明論之概略』という本を共に読む機会がありました。「日本を代表する思想家で、近代日本の教育に大きな影響を与えた人物について学びたい」という彼女からリクエストに応じてこの本を選んだわけですが、リズムのある名文ではあるもののやや旧い諭吉の日本語は外国人に取って決してやさしいものではありませんでした。しかし聡明な彼女は諭吉の思想の核心を的確に理解し、すぐれたコメントを寄せてくれました。
 そして私からの「インドネシアで諭吉と同じような役割を果たした思想家がいたら教えてくれませんか?」という問いに対して、即座にキハジャル・デワンタラという名前を挙げてくれました。アジア諸国の多くが西欧列強の植民地支配の下に置かれていた時代に、近代国家としての日本の独立と尊厳を守るために何が必要なのか、これが常に諭吉の思想的課題の中心であったことはよく知られています。それに対する彼の回答は、日本人ひとり一人が自らの頭で考え行動できるような人間になること、そしてそのような基盤の上に立って自分たちとは異なった考え方をもった他者たちと積極的に交わり、そのような交渉のなかから新たな思想、文化そして国としての力の基盤となる科学技術を生み出していくことが何よりも大切なのだということでした。「一身独立して一国独立す」という彼の有名なことばが指し示しているのも、また『文明論之概略』において、文明とは「人間交際」の深化・発展に他ならないこと強調しているのもこのような彼の思想の表現に他なりません。そしてこのような意味で日本が「文明社会」になろうとする上で、彼が最も重視したのが、すべての人々が学問を身につけることができるような条件を整備すること、つまり教育を通じた人材養成だったのです。

 インドネシア人なら誰でも知っているキハジャル・デワンタラの残した有名な文章に「私がオランダ人だったら」という論文があることを先ほどの留学生は教えてくれました。私も日本語の翻訳でこの論文を読むことができましたが、これは1913年にまだ24才であった彼があるインドネシアの新聞に寄稿したものです。この年は、オランダがナポレオンによる支配から逃れ、独立を勝ち取ってから百年を迎える記念すべき年でした。当時インドネシアはオランダの植民地支配の下にありましたが、現地のオランダ人たちは、この異国の地でも記念式典の開催を計画し、そのための資金調達の一部として植民地からも新たな税金を徴収しようとしました。このような動きに対して、キハジャル・デワンタラは、「他国の支配からの解放を祝いたいオランダ人たちの気持ちは充分に理解できるが、もしオランダ人たちが一国の自由と独立を普遍的な価値として重視するのであれば、この機会に彼らが支配しているインドネシアにも同様に自由と独立を認めようとするのが当然ではないのか、私がオランダ人であればそのように考えるし、それが唯一の正しい在り方ではないのか」という主旨の文章を寄せたのです。この文章はオランダ語と現地語の両方で公表され、多くの人々の目に触れることになったので、その影響力を危険視したオランダ当局は彼を国外に追放し、彼はしばらくの間母国を離れなければなりませんでした。

 その後帰国を許されたキハジャル・デワンタラは、インドネシアにエリートに限定されない国民全体を対象とする教育制度を確立する上で大きく貢献しました。教育を通じた人材養成こそが国の自由と独立を確立する礎になるべきものだという彼の確信に基づくものです。そして第二次大戦後のインドネシア独立の際には、彼は初代の教育大臣も務めることになりました。今でも彼の誕生日である5月2日は「国民教育の日」に指定されており、彼の名前はインドネシア国民の心に深く刻まれています。日本社会全体の「文明化」という普遍的な価値に基づく社会変革と国家の自由と独立を結びつけた点で、また教育による人材養成をその根底に置いた点で、福沢諭吉とキハジャル・デワンタラはきわめてよく似た思想的立場に立つ思想家だったのではないかというのがインドネシアからの留学生の意見だったわけです。「それに紙幣の肖像画になっている所も同じです」と彼女はいたずらっぽく笑いました。今では使われていないようですが、確かにキハジャル・デワンタラの肖像画は、1万円札の福沢諭吉同様、かつてインドネシアの二万ルピー札を飾っていました。

 私はこれ以外にも、彼女からきわめて多くのことを学びました。例えば、イスラム教徒が大部分を占めるインドネシアで信教の自由が保証されており、学校の「宗教の時間」にはイスラム教徒以外の児童・生徒は出席を強制されないようになっているということも学んだことの一つです。少数派のキリスト教徒である彼女は、自分が宗教上の差別を受けた経験のないことを国の誇りだと考えていたのです。

 このように教員の側が学生から何かを学ぶというケースは決して例外的なものではありません。教育・研究の場としての大学は、教職員、学生からなるすべての構成員が、諭吉が言うような意味での「文明」を対等な立場で共に築き上げていく場に他なりません。自分の頭で考え、行動する「自律」性と自らとは異なった他者の意見や考え方に耳を傾け、多様な見解に自らをさらすことを通じて成長して行こうとする「社交」性を兼ね備えていることが「文明」人の条件です。自らの狭い意見や特殊な文化的・民族的「アイデンティティ」に閉じこもるのではなく、キハジャル・デワンタラに倣って、オランダ人にもインドネシア人にも等しく通用する普遍的な論理を追求していくことが、目標としての「文明」に至る唯一の道です。

 私が今立っている舞台の上には、静岡大学が大学間協定を結んでいる国々の国旗が並べられています。一昨年の10月から、対象となる国々に進出している地元企業等からのご寄付を奨学金に当てて、ベトナム、インドネシア、タイ、インドの四カ国を中心とする学生たちの受入を開始しましたが、この「アジアブリッジプログラム」の対象国の旗も、もちろん含まれています。留学生受入プログラムの拡大で、静岡キャンパスでも浜松キャンパスでも外国人学生の姿が目立つようになり、全体的にカラフルな雰囲気が広がりつつあります。静岡大学は、元々多くの学部と大学院をもつ多様性に満ちた総合大学ですが、国際性という点でも更に多様性を増しつつあります。

 舞台の上で我々の国旗「日の丸」が少し特別扱いされていることにもお気づきになることかと思います。自分の生まれ育った国を大切にすることとすべてを「文明」という普遍的視点から見ることとの間には常に微妙な緊張関係があります。日本の「文明化」を唱えた諭吉も、国家的利益を優先して朝鮮半島の植民地化を肯定したことをもってしばしば批判の的となってきました。今世界各国で自国民の利益を最優先にすべきだという主張が勢いを増しつつあるなかで、このカラフルな国旗の示す多様性と「日の丸」の間の距離について考えることもまた、我々の「文明人」としての力を試すことになるでしょう。この点も含めて皆さんと共に静岡大学の一員として「文明」としての教育・研究を推し進めていくことができるのを心から楽しみにしています。


 平成29年4月4日     
   静岡大学長 石井 潔

JP / EN