エックス線殺菌の基本原理において従来の定説を覆す効果を発見!より安全な放射線治療技術の実現へ

2025/05/02
プレスリリース

【世界初!】エックス(X)線殺菌の基本原理において従来の定説を覆す効果を発見!
より安全な放射線治療技術の実現へ

名古屋市立大学および静岡大学 共同論文発表

Springer Nature 社『Scientific Reports』令和7年4月28日に掲載



【研究成果の概要】

名古屋市立大学医学部附属西部医療センター陽子線治療科の 岩田 宏満 准教授、医学研究科放射線医学分野の 樋渡 昭雄 教授、松本 和久 助教、細菌学分野の 長谷川 忠男 教授、立野 一郎 講師、静岡大学理学部の 冨田 誠 客員教授、名古屋市立大学芸術工学研究科の 松本 貴裕 教授らの共同研究グループは、X線殺菌技術において従来の定説を覆す効果を発見しました。

放射線殺菌技術は、紫外線よりもはるかにエネルギーの高い電磁波を利用して、細菌や微生物の DNAや細胞構造を破壊することができるため、医療器具(例えばディスポーザブル注射器、カテーテル、人工関節)、薬品・生物(医薬原料、組織移植片)ならびに食品材料(じゃがいもの発芽抑制)等の分野で不可欠な殺菌手段となっております。

この放射線殺菌技術は、従来、照射線量 [1]が同じであれば殺菌率は同じである、と考えられておりました。しかし、今回の研究において、今までの定説が成立しないことを、大腸菌を用いたX線殺菌実験で実証しました。具体的には、照射線量が一定の条件下で、X線の線量率を大きく変えて大腸菌の殺菌率を精密に評価してみると、(a)大腸菌の栄養が欠落した環境下においては、X線線量率が低く(低強度X線)長時間殺菌した場合のほうが、X線線量率が高く(高強度X線)短時間殺菌した場合よりも、殺菌効率が高いことが判明しました。一方、(b) 大腸菌の栄養が豊富な環境下においては、X線線量率が高く短時間殺菌した場合のほうが、X線線量率が低く長時間殺菌した場合よりも、殺菌効率が一桁以上大きいことが判明しました。これら一連の実験結果を、数学の最先端手法である確率微分方程式 [2]を用いて解析することによって、放射線に対する細菌・細胞の損傷メカニズムを定量的に評価することができるようになりました。

今回の研究成果は、(a) 放射線殺菌技術に対して最適な殺菌・滅菌条件を定量的に与えることができるのみならず、(b) 増殖速度が大きな病巣細胞(例えばガン細胞)を、正常細胞に対して効果的に死滅させることが出来るような放射線照射条件を精確に計算することが可能となるため、従来よりも信頼性があり、かつ患者様に寄り添ったやさしい放射線(X線並びに陽子線)治療の実現に大きく貢献できるものと考えております。

本研究は、Springer Nature 社の『Scientific Reports』に令和7年4月28日に掲載されました。

 図1. 照射線量を200 Gy(X線のエネルギーは220 keV)で一定にした場合の、大腸菌の栄養が欠落した環境下における殺菌効果のX線線量率依存性。(a) 線量率147mGy/sで1360sの場合、99.5%の殺菌率(大腸菌数がX線照射によって36000個から180個に減少)を示すが、(b) 15.3 mGy/sで13070sの場合、99.98%の殺菌率(大腸菌数がX線照射によって36000個から8個に減少)を示す。

図1.
照射線量を200 Gy(X線のエネルギーは220 keV)で一定にした場合の、大腸菌の栄養が欠落した環境下における殺菌効果のX線線量率依存性。(a) 線量率147mGy/sで1360sの場合、99.5%の殺菌率(大腸菌数がX線照射によって36000個から180個に減少)を示すが、(b) 15.3 mGy/sで13070sの場合、99.98%の殺菌率(大腸菌数がX線照射によって36000個から8個に減少)を示す。

 図2. (a)大腸菌の栄養が欠落した環境下における様々な線量率における大腸菌殺菌率[Log(N/N 0 )](N 0 は殺菌前の大腸菌の数、Nは殺菌後の大腸菌の数)を線量の関数としてプロットした結果。(b)大腸菌の栄養が豊富な環境下における様々な線量率における大腸菌殺菌率を線量の関数としてプロットした結果。それぞれ、赤、緑、青の●は、それぞれの線量率が 147 mGy/s、35.2 mGy/s、15.3 mGy/sの結果を示す。赤・緑・青の実線は確率微分方程式が予測する理論曲線。

図2.
(a)大腸菌の栄養が欠落した環境下における様々な線量率における大腸菌殺菌率[Log(N/N0)](N0は殺菌前の大腸菌の数、Nは殺菌後の大腸菌の数)を線量の関数としてプロットした結果。(b)大腸菌の栄養が豊富な環境下における様々な線量率における大腸菌殺菌率を線量の関数としてプロットした結果。それぞれ、赤、緑、青の●は、それぞれの線量率が 147 mGy/s、35.2 mGy/s、15.3 mGy/sの結果を示す。赤・緑・青の実線は確率微分方程式が予測する理論曲線。

 図3. X線殺菌による細菌の殺菌効果を示すモデル図。従来はX線照射により、線量率に比例する殺菌効果(Γ 0 )と細菌の増殖効果(Γ 2 : 豊富な栄養環境下で出現)が考量されていた。今回、これらの効果以外に、線量率に非線形的に比例する効果(線量率が高いとその効果が弱くなる効果で図中のΓ 1 というパラメーターで記述)を発見。このパラメーターは、細菌内での活性酸素の生成・消滅過程を記述する。

図3.
X線殺菌による細菌の殺菌効果を示すモデル図。従来はX線照射により、線量率に比例する殺菌効果(Γ0)と細菌の増殖効果(Γ2: 豊富な栄養環境下で出現)が考量されていた。今回、これらの効果以外に、線量率に非線形的に比例する効果(線量率が高いとその効果が弱くなる効果で図中のΓ1というパラメーターで記述)を発見。このパラメーターは、細菌内での活性酸素の生成・消滅過程を記述する。

【論文情報】

論文タイトル:“Time-dose reciprocity mechanism for the inactivation of Escherichia coli using X-ray irradiation”

著者:
松本 貴裕 (名古屋市立大学大学院芸術工学研究科、筆頭著者)
松本 和久 (名古屋市立大学大学院医学研究科、放射線医学分野)
立野 一郎 (名古屋市立大学大学院医学研究科、細菌学分野)
櫻川 知代梨(名古屋市立大学大学院芸術工学研究科、修士課程2年)
樋渡 昭雄 (名古屋市立大学大学院医学研究科、放射線医学分野)
長谷川 忠男(名古屋市立大学大学院医学研究科、細菌学分野)
冨田 誠  (静岡大学理学部)
岩田 宏満 (名古屋市立大学医学部附属西部医療センター陽子線治療科)

掲載誌:Scientific reports (サイエンティフィック レポーツ)

DOI:https://www.nature.com/articles/s41598-025-96461-1


【用語解説】

[1] 照射線量:
単位時間当たりの放射線量[線量率(Gy/s)]×照射時間(s)で定義される量。

[2] 確率微分方程式:
ウイルスおよび細菌の増殖死滅過程を確率過程と捉え、将来起こる確率は、現在得られている確率とその単位時間内におこる確率の積と考える。
この考え方により得られる微分方程式。
基礎科学的分野(例えばブラウン運動の理解)のみならず、現在では金融工学等の分野で幅広く用いられている。

お問い合わせ先:

研究に関する問い合わせ
名古屋市立大学大学院芸術工学研究科 教授 松本 貴裕
住所: 名古屋市千種区北千種2-1-10
TEL:052-721-5211        
E-mail:matsumoto[at]sda.nagoya-cu.ac.jp

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