【プレスリリース】2021年7月3日に静岡県熱海市伊豆山地区で発生した土石流に含まれる海生二枚貝 記者会見のお知らせ

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 静岡大学の北村晃寿教授は、2021年9月3日に、熱海市の担当者の同行の下で、同年7月3日に熱海市の逢初川で発生した土砂災害現場を調査しました。そして、逢初川の源頭部の崩壊していない盛土の黒色土砂から4個体の海生二枚貝の貝殻を採取し、集落の最上流部にある家屋の上流側の土石流堆積物から5個体の海生二枚貝の貝殻を採取しました。これらの貝殻の分析から以下のことが判明しました。

1. 貝殻は、サルボウガイ、マガキ属、アサリなどの宮城県以南、四国、九州の潮間帯下部~水深10 mに生息する種である。
2. 放射性炭素年代測定の結果、紀元前5、851~5,568年、紀元前477~154年、西暦1,700年以降の3つの年代グループに分けられた。
3. これらのことから、盛土の黒色土砂の供給源の一部は沿岸堆積物であり、現世堆積物と中部完新統の2つの供給源がある可能性があることが分かった。


 この研究成果は、日本第四紀学会の機関誌の「第四紀研究」に受理され、現在、掲載準備中です。
 下記の日時で詳細をご説明いたしますので、取材方よろしくお願いいたします。なお、当日の説明は北村が行います。概略は添付資料をご覧ください。

日 時: 令和3年11月5日 14:00~
場 所: 静岡県庁東館10階 社会部記者室
会見者: 静岡大学・北村晃寿


【お問い合わせ先】
静岡大学理学部地球科学科・防災総合センター 北村 晃寿
電話番号:054-238-4798
E-mail:kitamura.akihisa[at]shizuoka.ac.jp
※[at]を@に変更してご利用ください。


【論文情報】
題名: 北村晃寿 印刷中. 静岡県熱海市伊豆山地区の土砂災害現場の盛土の崩壊斜面と土石流堆積物から見つかった海生二枚貝の貝殻
誌名: 第四紀研究
著者: 北村晃寿1, 2
1: 静岡大学理学部、2: 静岡大学防災総合センター

【発表内容】
2021年7月3日に静岡県熱海市伊豆山地区の逢初川で土石流が発生した(図1)。報告者は、9月3日に、熱海市の担当者の同行の下、逢初川の源頭部の崩壊していない盛土の黒色土砂(地点B1)、褐色土砂(地点B2)、集落の最上流部にある家屋の上流側の2地点(地点B3とB4)の土石流堆積物を調査した。その結果、地点B1から4個体の海生二枚貝の貝殻を採取し、地点B3の土石流堆積物から5個体の海生二枚貝の貝殻を採取した(図2、3)。
地点B1の海生二枚貝は、Crassostrea sp. (マガキ属)、Mactra veneriformis (シオフキ)、Ruditapes philippinarum (アサリ)、Phacosoma sp.(カガミガイ属)である(表1)。破損の程度は一部破損から断片化したものまであるが、殻の内外面の保存状態は良好で、摩滅していない。アサリの殻の内面側は黒色土砂で充填されており、その中からシオフキが見つかった。さらに、カガミガイ属は採取した黒色土砂から見つかった。放射性炭素代測定の結果、アサリの生息年代は西暦1、795年以降で、マガキ属の生息年代は紀元前477–154年の値を得た(表2)。
地点B3の海生二枚貝は、Scapharca kagoshimensis (サルボウガイ)、Scapharca sp. (サルボウガイ属)、Crassostrea sp. (マガキ属)、Mya arenaria oonogai (オオノガイ) である(表1)。破損の程度は一部破損から断片化したものまであり、いずれも、殻の内外面ともに摩滅している(図3)。放射性炭素年代測定の結果、サルボウガイの生息年代は西暦1,717年以降で、マガキ属の生息年代は紀元前5,851-5,568年、オオノガイの生息年代は西暦1,813年以降の値を得た(表2)。
地点B1の貝類の重複する地理分布は、宮城県以南、四国、九州で、生息深度は沿岸の潮間帯下部~水深10 mである。
地点B3の貝類の重複する地理分布は、東京湾から有明海で、生息深度は潮間帯である。
放射性炭素年代値から、5試料は、紀元前5,851~5,568年、紀元前477-154年、西暦1,700年以降の3つの年代グループに分けられる(表2)。アサリの殻の内面側は、黒色土砂で充填されていたことから、この貝殻は黒色土砂に含まれていたことは確実である。そして貝殻の年代値が西暦1,700年以降なので、黒色土砂は海底浚渫土あるいは現世海浜の堆積物に由来すると推定される。
一方、より古い年代値のマガキ属の供給源の候補には、海底浚渫土や現世海浜の堆積物に加えて、地層中の化石の可能性がある。そこで、図4に神奈川県藤沢市から静岡県焼津市までの海生貝化石を産する同時代の地層の場所とマガキ属のCrassostrea gigas (マガキ)とC. nippona (イワガキ)の産出地点を示し、両種から得られた14C年代値を表3に示した。
両種の産出地点の中で、露頭からの報告例は、鎌倉市岡本柏尾川右岸の地層と、小田原市中村川下流域の下原層、南伊豆町日野(ひんの)橋の工事現場の露頭、静岡県静岡市清水区渋川の巴川河岸の露頭があるが、いずれも現在は露出していない。これらの中で、1,990~2,000年代に採土が行われていた記述のある場所は、神奈川県小田原市中村川下流域の下原層だけである。したがって、地点B3のマガキ属は、下原層から運ばれてきた可能性がある。
一方、地点B1のマガキ属に対応する年代値の試料は先行研究にはない(表3)。したがって、この貝殻は、海底浚渫土や現世海浜の堆積物から由来した可能性が高い。今後、本論で得た知見と黒色土砂の粒子組成などの分析結果と合わせて、盛土の供給源を検討していく。

【本研究成果の社会的意義】

盛土の崩落の原因を検討する際には、盛土の土質力学的性質の情報が不可欠である。そのためには盛土の供給源の土砂を使った再現実験が大変役立つ。この観点から、本研究の成果は盛土の供給源を科学的に究明できるので、崩落の原因の検討に重要な役割を果たす。

【用語説明】
・放射性炭素年代測定
放射性同位体(炭素14)の存在比から年代を推定する方法。生物が体内に取り込んだ炭素同位体の比率は、その生存中では大気中と同じく一定値を保つが、生物の死後は、放射性同位体である炭素14が放射壊変により時間経過と共に減少する。化石試料に含まれる炭素同位体ごとの存在比を計測して、安定同位体(炭素12及び炭素13)と放射性同位体(炭素14)の比率を求めたうえで大気中の炭素14の存在比率と比較することで、生物の死後に経過した時間が分かる。

・中部完新統
西暦2,000年を起点とし8,236年前から4,250年前に堆積した地層、縄文時代にあたり、日本各地の沿岸で貝塚が作られました。


図1 熱海市伊豆山地区の土石流の流路と試料採取地点と地質。A-d: 土石流の流路と試料採取地点。e: 地質図。画像は地理院地図(2021)の写真番号48156と48158を使用。No.1-8は静岡県(2021b)の試料採取地点。地質図は及川・石塚 (2011)の地質図と産業総合研究所地質調査総合センター (2021)の地質図 Naviに基づいて作成。


図2 試料採取地点の光景。a: 地点B1の遠景(東側から撮影)。b:地点B1の近景。c: 地点B3の状況。d: 地点B3のScapharca kagoshimensis (サルボウガイ;試料5)の産状。


図3 二枚貝の貝殻の種名と保存状態。1-9は試料番号で、表1を参照。


図4 神奈川県藤沢市から静岡県焼津市までの完新統の貝化石の産出地点。1: 神奈川県逗子市(松島・大嶋, 1974)、 2: 神奈川県鎌倉市大船地域(松島, 1984a)、3: 神奈川県小田原市中村川下流域(松島, 1978, 2003; 遠藤ほか, 1979; 松島ほか, 2007)、4: 静岡県伊東市(藤原ほか,2014)、 5: 静岡県下田市稲生沢川下流域(田口, 1993; 北村・小林, 2014)、6: 静岡県下田市大賀茂川下流域(太田ほか, 1986; 北村・川手, 2015)、7: 静岡県南伊豆町(北村ほか, 2013; 北村・川手, 2015)、8: 静岡県松崎町(松原ほか, 1986)、9: 静岡県西伊豆町(田口, 1993)、10: 静岡県沼津市(高橋,1971)、11: 静岡県静岡市長崎遺跡(松島, 1999)、12: 静岡県静岡市清水区渋川の巴川河岸(土, 1954;松島, 1984b)、 13: 静岡県静岡市清水区南部(Kitamura and Kobayashi, 2014; Kitamura et al., 2019)、 14: 静岡県静岡市清水区三保周辺(石原ほか, 2014)、 15: 静岡県焼津市浜当目地区(Kitamura et al., 2020)、 16: 静岡県焼津市中里地区(北村ほか, 2016)。



表1 本研究で同定された海生二枚貝の保存状態およびその生息域(上段)と日本に生息するマガキ属・カガミガイ属各種の生息域(下段)。地理分布と生息深度・底質は奥谷編(2000)に基づく。


表2 二枚貝の14C年代測定の結果


表3 Crassostrea gigas (マガキ)とC. nippona (イワガキ)の14C年代値

【引用文献】
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