森林の成熟は土砂災害を大きく減少させる

2024/04/23
プレスリリース

【発表のポイント】

〇 森林は、主に根系を発達させることで、土砂災害を抑制する機能があります。日本では、林業の不活発化などで森林の成熟(高齢林化)が急速に進んでいます。降雨と森林の林齢構成から土砂災害発生件数を予測するモデルを構築することで、森林の成熟が降雨による土砂災害発生に与える影響を定量的に評価しました。

〇 若齢林(20年生以下)主体から、高齢林(60年生以上)主体の森林に変化することで、土砂災害発生件数は約60%減少すると予測されました。この変化は、降雨が20%変化する際に生じる変化よりも大きく、土砂災害抑制を考える上で、森林成熟の効果は非常に大きいことがわかりました。

〇 豪雨の増加など、将来の不安定な気候が予想される中、土砂災害を増加させないために、森林を成熟した状態に保つことは極めて重要であると考えられます。

【概要】

宮崎大学大学院農学工学総合研究科のNovia Lusianaさん(2024年3月に満期退学)、宮崎大学農学部の 篠原 慶規 准教授、静岡大学学術院農学領域の 今泉 文寿 教授の研究グループは、日本全域を対象に、森林の成熟が土砂災害発生に与える影響を定量的に評価しました。

林齢と土砂災害脆弱性指数(土砂災害の起こりやすさ)の関係を構築すると共に、林齢別の森林面積の変化を長期間(1966年~2017年)に渡り再現することで、日本全体の土砂災害脆弱性指数の長期的変動を調べました。
日本全体の土砂災害脆弱性指数と降雨指標から、土砂災害発生件数を予測するモデルを構築し、林齢構成と降雨を変化させた15個のシナリオを入力することで、林齢構成及び降雨が変化した場合の土砂災害発生件数の変化をシミュレーションしました。

その結果、若齢林主体から高齢林主体の森林に変化すると、土砂災害は2分の1以下になることが示されました。
一方、降雨が20%増えても土砂災害が2倍以上になることはありませんでした。

このように、森林の林齢構成の変化が土砂災害発生件数に与える影響は、降雨変動の影響よりも大きいと推測されました。


【背景】

日本では、土砂災害は主要な自然災害の1つです。
最も一般的な土砂災害である降雨による表層崩壊では、地下水が発生し、その間隙水圧(浮力)により土塊の支持力が弱まることで崩壊が起こります。
その際、崩壊が起こる地中のすべり面付近に樹木の根系が存在すると、土塊の支持力が増加することで、土塊が動きにくく(崩壊が起こりにくく)なります。

戦後すぐまで、日本の山地は広くはげ山に覆われていましたが、緑を取り戻すための植林が積極的に行われました。
また、木材需要の高まりにより、天然林を伐採し、より経済的価値の高い人工林に置き換える拡大造林も進められました。
植林した森林が収穫される時期は過ぎつつありますが、木材価格の低迷や人件費の高騰などで、収穫が進んでおらず、成熟した森林が増えています。
森林が成熟すると、根系が発達し、土砂災害を抑制する効果は高まると考えられます。

日本では、戦後、1990年代まで、土砂災害の発生件数は減少してきました。
この期間と、森林の成熟が進んだ期間は重なっており、森林の成熟が土砂災害の減少に貢献した可能性は先行研究により指摘されています。
一方で、その効果がどの程度なのか、定量的に評価はされていませんでした。


【成果】

まず、国内外の12箇所で行われた研究事例を収集し、林齢と土砂災害脆弱性指数(土砂災害の起こりやすさ)との関係を構築しました。
また、国内の統計データを用いて、人工林と天然林の両方で、1966年~2017年の齢級(5年毎の林齢)別の森林面積を推定しました。
これら2つを合わせることで、日本全体の土砂災害脆弱性指数の長期変動を調べました。

日本の土砂災害発生件数と相関が高いことが示されている降雨指標(北日本・東日本・西日本の5月~10月の降水量)と日本全体の土砂災害脆弱性指数から、土砂災害発生件数を予測するモデルを構築しました。
このモデルに3つの森林シナリオ(20年生以下の若齢林主体、20~60年生の壮齢林主体、60年生以上の高齢林主体;図1)と5つの降雨シナリオ(現在の平均的な降雨量、降雨が±10%、 ±20%変化した場合の降雨量)の組み合わせである計15シナリオを入力し、土砂災害発生件数を調べました。

その結果、若齢林から高齢林、壮齢林になることで、土砂災害は0.5倍、0.4倍となり、降雨が10%、 20%増えることで土砂災害は1.3倍、1.7倍になることが予測されました(図2)。
降雨の変化より森林成熟の方が、土砂災害発生件数に大きな変化をもたらしており、森林成熟が土砂災害発生に与える影響は大きいと言えます。
気候変動による土砂災害の増加も懸念される中、現在の日本のように、森林を成熟した状態に保つことは、土砂災害抑制の観点からは、重要であると考えられます。

 図1   モデルに入力した3種類の森林シナリオの林齢構成(a:若齢林主体は1966年、b:壮齢林主体は2002年、c:高齢林主体は2017年の林齢構成を用いた)

図1
モデルに入力した3種類の森林シナリオの林齢構成(a:若齢林主体は1966年、b:壮齢林主体は2002年、c:高齢林主体は2017年の林齢構成を用いた)

 図2   各シナリオで予測された土砂災害発生件数(予測値は丸の大きさと左側に示した数字で示している)

図2
各シナリオで予測された土砂災害発生件数(予測値は丸の大きさと左側に示した数字で示している)

【展望】

土砂災害に限らず、災害を抑制・防止するために、ハード・ソフトの両面で様々な対策が実施されています。
一方、どの対策が、どの程度の効果を生み出すのか、について、国スケールでの評価は十分には進んでいません。

本研究では、森林の成熟が土砂災害発生件数に与える影響について定量化しましたが、本研究で行ったような評価を、様々な種類の災害、及びその対策で実施することで、国全体での災害抑制のために最も有効的な手段を見いだせる可能性があります。

日本には災害に関する統計データが多数存在し、また災害への関心の高さから災害報道も充実しています。
これらを活用することで、災害抑制に向けて、世界に先駆けたプロトタイプを示せる可能性があり、引き続き研究を進めていきます。


【論文情報】

●論文名:Quantifying effects of changes in forest age distribution on the landslide frequency in Japan
●論文著者:Lusiana, N., Shinohara, Y., Imaizumi, F.
●公開日:2024年4月20日
●掲載誌名:Natural Hazards
●DOI:https://doi.org/10.1007/s11069-024-06537-w


【謝辞】

本研究は次世代挑戦的研究者育成プログラム(JPMJSP2105)、科学研究費補助金(21K04590)を用いて行いました。

問い合わせ先:

【研究に関する問合せ先】
宮崎大学 農学部森林緑地環境科学科
准教授 篠原 慶規
TEL:0985-58-7939
E-mail:shinohara[at]cc.miyazaki-u.ac.jp

静岡大学 学術院農学領域
教授 今泉 文寿
TEL:054-238-4845
E-mail:imaizumi[at]shizuoka.ac.jp

【取材に関する問合せ先】
宮崎大学 企画総務部総務広報課
TEL:0985-58-7114
E-mail:kouhou[at]of.miyazaki-u.ac.jp

静岡大学 総務部広報・基金課
TEL:054-238-5179
E-mail:koho_all[at]adb.shizuoka.ac.jp

※[at]を@に変更してご利用ください。

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