珪藻光化学系Iフコキサンチンクロロフィル結合タンパク質超複合体の立体構造解析を 基盤とするタンパク質間相互作用の解明

2024/11/07
プレスリリース

【研究のポイント】

珪藻Thalassiosira pseudonana由来の光化学系Iフコキサンチンクロロフィル結合タンパク質超複合体(PSI-FCPI)の立体構造解析に成功しました。
珪藻Chaetoceros gracilis由来のPSI-FCPIと構造およびアミノ酸配列の比較、さらにはFCPの系統解析を行い、FCPIとその結合箇所の保存性を明らかにしました。
珪藻は四十数個のFCP遺伝子を有するため、FCPがどのようにPSIを認識し、決まった場所に結合するのか、その結合選択メカニズムの一端を解明しました。

【研究概要】

静岡大学農学部の 長尾 遼 准教授 の研究グループは、岡山大学の 加藤 公児 准教授(特任)、沈 建仁 教授、京都大学の 伊福 健太郎 教授らと共に、珪藻(注1)Thalassiosira pseudonana(以下、T. pseudonana)から光化学系I(PSI)(注2)フコキサンチンクロロフィル結合タンパク質(FCP)(注3)の超複合体(PSI-FCPI)を精製し、その構造をクライオ電子顕微鏡(注4)による単粒子構造解析(注5)で明らかにしました。構造解析の結果、PSI-FCPIはPSI単量体と5個のFCPIサブユニットから構成されていました。得られたT. pseudonana PSI-FCPI構造を珪藻Chaetoceros gracilis PSI-FCPI構造と比較したところ、それぞれで結合箇所が保存されていました。さらに、FCPの分子系統解析の結果、4つのFCPにオーソログ関係(注6)があることを見出しました。

PSI-FCPI構造と比較したところ、それぞれで結合箇所が保存されていました。さらに、FCPの分子系統解析の結果、4つのFCPにオーソログ関係があることを見出しました。
T. pseudonanaには44個、C. gracilisには46個のFCP遺伝子がそれぞれゲノムにあります。T. pseudonanaの場合、そのうちの4個と特殊なタンパク質であるRedCAPがPSIに結合していることになります。44個のFCPはお互いに相同性がある程度高く、また、タンパク質構造が類似しています。FCPが何を認識してPSIの決まった場所に結合するのか、二種類の珪藻のPSI-FCPIを比較することで初めて明らかになりました。本研究で得られた研究成果は、FCPの進化を理解するうえで重要な知見となります。

なお、本研究成果は、2024年10月31日に、国際雑誌「eLife」に掲載されました。


【研究者コメント】

静岡大学農学部 准教授・長尾 遼(ながお りょう)

珪藻FCPのすべてがPSIに結合しないため、珪藻が持つFCPの遺伝子の多さに疑問を持っていました。
そこで、PSI-FCPIの立体構造を解明し、二種の珪藻でFCPを比較すれば、珪藻がどのようにFCPを選び、PSIに結合させているのか明らかになると考え、本研究を立案するに至りました。
得られた結果はとてもクリアで、立体構造解析と分子系統解析により、二種類の珪藻でFCPの高い保存性を見出しました。
今回の成果でFCPの結合選択機構の一端を明らかに出来たと思います。


【研究背景】

酸素発生型光合成(注7)は、太陽の光エネルギーを利用して水と二酸化炭素から有機物と酸素を合成します。シアノバクテリア、藻類、陸上植物が酸素発生型光合成を行うことにより、我々ヒトを含む酸素呼吸する生物は地球上で生活できています。酸素発生型光合成を行う上で光捕集システムは欠かせない要素です。光合成生物は光エネルギーを捕集するために、色素分子を進化の過程で多様化させてきました。色素分子は主にクロロフィルとカロテノイドに大別され、光エネルギーを化学エネルギーに変換するPSIおよび光化学系II(PSII)に結合します。
珪藻は褐色を呈する微細藻類です。陸上植物とまったく異なる色を呈します。その理由は、珪藻がユニークなクロロフィルとカロテノイドを有するためであり、それらの色素がFCPに結合します。珪藻のFCP遺伝子は、Lhcf、Lhcq、Lhcr、Lhcx、Lhcz、Lhcr9 homologに分類され、それらの合計が四十数個になります。また、珪藻はFCP遺伝子とは進化的に離れているRedCAP遺伝子も有します。多様性のあるFCP遺伝子ですが、そのすべてがPSIやPSIIに結合するわけではありません。では、FCPはどのようなメカニズムでPSIを認識して結合しているのでしょうか?


【研究の成果】

静岡大学農学部の 長尾 遼 准教授の研究グループは、岡山大学の 加藤 公児 准教授(特任)と 沈 建仁 教授、京都大学の 伊福 健太郎 教授らと共に、珪藻T. pseudonanaからPSI -FCPIを精製し、その立体構造をクライオ電子顕微鏡単粒子構造解析により明らかにしました。構造解析の結果、PSI-FCPIは、PSI単量体(図1の灰色)と5個のFCPI(図1の他の色)から構成されていました。FCPIは、それぞれFCPI-1からFCPI-5と命名し、それらを構成する遺伝子はRedCAP、Lhcr3、Lhcq10、Lhcf10、Lhcq8であることを見出しました(図1)。さらに、FCPI間、およびFCPIとPSIとのタンパク質間相互作用部位を明らかにしました。
珪藻C. gracilisではPSI-FCPI構造が解かれています。二種類の珪藻のPSI-FCPI構造を重ね合わせ、FCPI-1からFCPI-5までを比較しました。その結果、FCPIとPSIとのタンパク質間相互作用が両種で高度に保存されていました。さらに、FCPの分子系統解析の結果、T. pseudonanaのRedCAP(TpRedCAP)、TpLhcr3、TpLhcq10、TpLhcq8が、C. gracilisのRedCAP(CgRedCAP)、CgLhcr1、CgLhcr9、CgLhcq12のそれぞれとオーソログ関係にあることを見出しました(図2)。
T. pseudonanaには44個、C. gracilisには46個のFCP遺伝子がそれぞれゲノムにコードされています。T. pseudonanaの場合、そのうちの4個とRedCAPがPSIに結合していることになります。44個のFCPはお互いに相同性をある程度持ち、タンパク質構造が極めて類似しています。FCPが何を認識してPSIの決まった場所に結合するのか、二種類の珪藻のPSI-FCPIを比較することで初めて明らかになりました。本研究で得られた研究成果は、FCPの進化を理解するうえで重要な知見となります。

【論文情報】

掲載誌名:eLife
論文タイトル:Structural basis for molecular assembly of fucoxanthin chlorophyll a/c-binding proteins in a diatom photosystem I supercomplex
著者:Koji Kato, Yoshiki Nakajima, Jian Xing, Minoru Kumazawa, Haruya Ogawa, Jian-Ren Shen, Kentaro Ifuku, Ryo Nagao
DOI:https://doi.org/10.7554/eLife.99858.3


【用語説明】

注1:珪藻d

植物プランクトンの一種であり、単細胞の真核光合成藻類です。細胞が珪酸質の硬い殻に覆われているのが特徴です。

注2:光化学系I(PSI)
光エネルギーを化学エネルギーへ変換する膜タンパク質複合体です。PSIは10種類以上のサブユニットから構成され、補欠因子として、金属錯体、色素分子(クロロフィルやカロテノイド)がタンパク質に結合しています。クロロフィルとカロテノイドはそれぞれ特有の光エネルギー吸収帯を持ち、光捕集に重要な役割を担います。

注3:フコキサンチンクロロフィル結合タンパク質(FCP)
珪藻と褐藻に特有の集光性色素タンパク質です。クロロフィルcおよびフコキサンチンと呼ばれる色素を結合します。これらは陸上植物には存在しない色素分子であり、珪藻が褐色を呈する要因です。

注4:クライオ電子顕微鏡
タンパク質などの生体分子を水溶液中の生理的な環境に近い状態で、電子顕微鏡で観察するために開発された手法です。まず、試料を含む溶液を液体エタン(約-170℃)に落下させて急速凍結し、アモルファス(非晶質、ガラス状)な薄い氷に包埋します。これを液体窒素(-196℃)条件下で、透過型電子顕微鏡で観察します。電子顕微鏡内の真空中では試料は凍結状態を保持でき、また、冷却することにより電子線の照射による損傷を減らすことができます。

注5:単粒子構造解析
電子顕微鏡で撮影した多数の生体分子の像から、その立体構造を決定する構造解析手法のことをいいます。2017年のノーベル化学賞の受賞者の一人、Joachim Frankらにより単粒子解析法の基礎がつくられました。

注6:オーソログ関係
遺伝子の分岐が種分化の結果として生じたものを指します。例えば、ヒトとマウスの間で共通の祖先遺伝子から進化した遺伝子が、それぞれの種内で類似した機能を持っている場合、その遺伝子はオーソログ関係にあるといえます。

注7:酸素発生型光合成
光合成には酸素発生型光合成と酸素非発生型光合成があります。酸素発生型光合成は、光化学系I、シトクロムb6f、光化学系II、ATP合成酵素と呼ばれるそれぞれの膜タンパク質複合体によって駆動され、光エネルギーを利用して水と二酸化炭素から炭水化物と酸素を合成します。酸素非発生型光合成生物が進化して酸素発生型光合成生物になったと考えられています。

問い合わせ先:

【研究に関すること】
静岡大学農学部 准教授
長尾 遼(ながお りょう)
TEL:054-238-4251
E-mail:nagao.ryo[at]shizuoka.ac.jp
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