原始紅藻ガルディエラの光化学系I集光性色素タンパク質複合体の精製と特性解析
【研究のポイント】
● 原始紅藻Galdieria sulphurariaから光化学系I集光性色素タンパク質複合体(PSI-LHCI)の精製に成功しました。
● PSI-LHCIにはLHCIタンパク質とRedCAPが含まれ、PSIに強固に結合していることを発見しました。
● RedCAPはLHCタンパク質とは進化的に異なるが、紅藻を含む二次共生紅藻に特有の集光性色素タンパク質として分類されます。
【研究概要】
静岡大学の長尾遼准教授の研究グループは、原始紅藻(注1)Galdieria sulphuraria NIES-3638(以下、ガルディエラ)から光化学系I(PSI)(注2)と集光性色素タンパク質(LHC)(注3)を含むPSI-LHCI複合体を精製しました。
これらの複合体は、陰イオン交換クロマトグラフィー、疎水性相互作用クロマトグラフィー、トレハロース密度勾配遠心法により精製されました。PSI-LHCI複合体のタンパク質解析では、LHCタンパク質に加え、RedCAPが検出されました。このRedCAPは、PSIと強固に結合しており、PSI-LHCI内で独特な役割を果たしていると考えられます。また、カロテノイド組成の分析により、LHCIにはゼアキサンチンが特に多く含まれていることが確認されました。さらに、吸収・蛍光スペクトル分析では、PSI、PSI-LHCI、LHCI間の励起エネルギー伝達機構における違いが明らかになりました。本研究成果は、紅藻PSI-LHCI複合体におけるタンパク質と色素の多様性を理解するうえで重要な知見を提供します。
なお、本研究結果は2025年1月27日に「Photosynthesis Research」に掲載されました。
【研究者コメント】
静岡大学農学部 准教授・長尾 遼(ながお りょう)
本研究では、原始紅藻PSI-LHCI複合体に特有のタンパク質構造と色素組成の多様性に注目しました。
特に、RedCAPの役割とLHCIのカロテノイド特性に焦点を当てることで、原始紅藻の光捕集戦略を分子レベルで解明することができました。
【研究背景】
酸素発生型光合成(注4)は、太陽光を利用して水と二酸化炭素から有機物と酸素を合成するプロセスであり、地球上の生命維持に不可欠な役割を果たします。酸素発生型光合成を担う光合成生物には、シアノバクテリア、藻類、陸上植物が含まれます。これらの生物は、光化学系I(PSI)および光化学系II(PSII)という二つの膜タンパク質複合体を駆動させることで光エネルギーを化学エネルギーに変換します。LHCは、光エネルギーを効率的に集め、光化学系の反応中心に伝達する役割を果たします。LHCの多様性は、様々な環境に適応するために進化してきた結果と考えられています。
原始紅藻ガルディエラは、高温かつ酸性の極限環境に生息する真核光合成生物であり、進化的にユニークな位置を占めています。この種に特有のPSI-LHCI複合体は、独特のタンパク質構成と光捕集戦略を持つとされ、その詳細な構造や色素組成の解析は、紅藻の光合成適応戦略を理解する鍵となります。
【研究の成果】
静岡大学の長尾遼准教授の研究グループは、ガルディエラからPSI-LHCI複合体を精製し、そのタンパク質構成、色素組成、およびスペクトル特性を詳細に解析しました(下図)。
1.PSI-LHCI複合体の精製
PSI-LHCI複合体は、陰イオン交換クロマトグラフィー、疎水性相互作用クロマトグラフィー、およびトレハロース密度勾配遠心法を用いて精製されました。SDS-PAGE解析により、PSI-LHCIにはPSIの主要サブユニットに加え、複数のLHCIタンパク質とRedCAPが含まれていることが明らかになりました。
2.RedCAPの同定
RedCAPは、LHCタンパク質とは異なる進化的背景を持ち、PSIに強固に結合していることが確認されました。この発見は、PSIとLHCI間の新たなタンパク質相互作用を示唆し、RedCAPがPSI-LHCI複合体の構造的および機能的安定性に重要な役割を果たしている可能性を示しています。また、他の原始紅藻にはRedCAPが無いため、ガルディエラの特殊な進化的立ち位置を見出しました。
3.色素組成とスペクトル特性
カロテノイド分析では、LHCIにゼアキサンチン、β-クリプトキサンチン、β-カロテンが含まれ、特にゼアキサンチンが豊富であることが確認されました。吸収および蛍光スペクトル解析では、PSI-LHCIのQyバンドが幅広く、PSIやLHCI単独のスペクトルとは異なる特性を示しました。これにより、PSIとLHCI間の相互作用が光捕集および励起エネルギー伝達に影響を与えていることが示唆されました。
これらの成果は、PSI-LHCI複合体の分子構造と光捕集戦略の進化的多様性を理解するための新たな知見を提供します。本研究の成果は、光合成研究および進化生物学の分野における重要な一歩といえます。
【論文情報】
掲載誌名:Photosynthesis Research
論文タイトル:Biochemical evidence for the diversity of LHCI proteins in PSI-LHCI from the red alga Galdieria sulphuraria NIES-3638
著者:Ryo Nagao, Haruya Ogawa, Takehiro Suzuki, Naoshi Dohmae, Koji Kato, Yoshiki Nakajima, Jian-Ren Shen
DOI:https://doi.org/10.1007/s11120-024-01134-1
【用語説明】
注1:原始紅藻d
紅藻の中でも進化的に初期の段階に位置付けられるグループを指します。一般的には、紅藻門(Rhodophyta)に属し、特にシアニディオ藻綱(Cyanidiophyceae)などの単細胞性の紅藻が含まれます。このグループは、極限環境に適応した特徴を持ち、紅藻の進化や光合成の研究において重要なモデルとされています。
注2:光化学系I(PSI)
光エネルギーを化学エネルギーへ変換する膜タンパク質複合体です。PSIは10種類以上のサブユニットから構成され、補欠因子として、金属錯体、色素分子(クロロフィルやカロテノイド)がタンパク質に結合しています。クロロフィルとカロテノイドはそれぞれ特有の光エネルギー吸収帯を持ち、光捕集に重要な役割を担います。
注3:集光性色素タンパク質(LHC)
酸素発生型光合成を行う生物で光エネルギーを捕捉し、光化学系へ効率的に伝達する役割を担うタンパク質群です。LHCは光合成の初期過程において、太陽光を利用可能な化学エネルギーに変換するための重要な要素であり、その多様性と進化は、光環境への適応や光合成効率の向上に寄与しています。
注4:酸素発生型光合成
光合成には酸素発生型光合成と酸素非発生型光合成があります。酸素発生型光合成は、光化学系I、シトクロムb6f、光化学系II、ATP合成酵素と呼ばれるそれぞれの膜タンパク質複合体によって駆動され、光エネルギーを利用して水と二酸化炭素から炭水化物と酸素を合成します。酸素非発生型光合成生物が進化して酸素発生型光合成生物になったと考えられています。
問い合わせ先:
【研究に関すること】
静岡大学農学部 准教授
長尾 遼(ながお りょう)
TEL:054-238-4251
E-mail:nagao.ryo[at]shizuoka.ac.jp
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【報道に関すること】
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