原始紅藻 Galdieria sulphuraria 光化学系I集光性色素タンパク質超複合体の立体構造解析
【研究のポイント】
● 原始紅藻 Galdieria sulphuraria 由来光化学系I集光性色素タンパク質超複合体(PSI-LHCI)の立体構造を2.19Åの分解能で解明しました。
● PSIの電子伝達鎖において、通常のフィロキノンが検出されず、ベンゾキノン様分子への適応が新たに見出されました。
● 紅藻PSI-LHCIのLHCI結合部位や相互作用の進化的特徴を明らかにし、祖先型紅藻のPSI-LHCI構造を推定しました。
【研究概要】
静岡大学農学部の 長尾 遼 准教授は、岡山大学の 加藤 公児 准教授(特任)、沈 建仁 教授、京都大学の 熊沢 穣 博士課程生、伊福 健太郎 教授、理化学研究所の 堂前 直 ユニットリーダーらと共に、極限環境に適応した原始紅藻(注1)Galdieria sulphuraria NIES-3638由来PSI-LHCI(注2)の立体構造をクライオ電子顕微鏡(注3)による単粒子構造解析(注4)により2.19Åの分解能で明らかにしました。
その結果、本種のPSI-LHCIはPSI単量体と7つのLHCIサブユニット(LHCI-1~7)で構成されており、進化的に保存された結合様式を持つことが明らかになりました。
また、PSIのA1電子受容体(注5)として一般的に見られるフィロキノンが検出されず、代わりにベンゾキノン様分子が存在することが示唆されました。
さらに、PSIに結合するLHCIの分子系統解析の知見をもとに、本種が祖先的な紅藻の特徴を保持しつつ進化してきたことが示されました。
本研究の成果は、紅藻におけるLHCI結合パターンの保存性と多様性を解明し、特に、RedCAPというタンパク質がLHCIの一部を構成し、PSIと特異的に相互作用していることを明らかにしたもので、紅藻の光合成システムの進化的適応を理解する上で重要な知見を提供しました。
なお、本研究成果は、2025年5月16日14:00(米国東部時間)に、国際雑誌「Science Advances」に掲載されました。
【研究者コメント】
静岡大学農学部 准教授・長尾 遼(ながお りょう)
紅藻の光化学系Iがどのように進化し、他の光合成生物と異なる特性を獲得したのかを明らかにすることが本研究の目的でした。
紅藻の祖先がどのような生物だったのか不明なため、その祖先に最も近いといわれている原始紅藻 G. sulphuraria のPSI-LHCI構造を高解像度で解析し、PSI-LHCIの分子進化の過程を理解する上で重要な知見を得ることができました。
光合成生物の適応進化を考える上で興味深い発見となりました。
【研究背景】
酸素発生型光合成(注6)は、太陽の光エネルギーを利用して水と二酸化炭素から有機物と酸素を合成します。
シアノバクテリア、藻類、陸上植物が酸素発生型光合成を行うことにより、我々ヒトを含む酸素呼吸する生物が地球上で生活することを可能にしています。
酸素発生型光合成を行う上で光捕集システムは欠かせない要素です。
光合成生物は光エネルギーを捕集するために、色素分子を進化の過程で多様化させてきました。
色素分子は主にクロロフィルとカロテノイドに大別され、光エネルギーを化学エネルギーに変換するPSIおよび光化学系II(PSII)に結合します。
紅藻は緑藻や陸上植物とは異なる進化的系統に属し、特有の光捕集系を持つことが知られています。
特に、PSIに結合するLHCIは生物種ごとに異なる特徴を有し、その進化の過程は未解明な部分が多く残されています。
本研究ではG. sulphurariaという原始紅藻のPSI-LHCIの詳細な立体構造を解明し、LHCIの結合様式、電子伝達分子の特異性、および進化的適応の特徴を明らかにすることに成功しました。
【研究の成果】
構造解析の結果、PSI-LHCIはPSI単量体(図1の灰色)と7個のLHCIサブユニット(図1の他の色)から構成されていました。
LHCIは、それぞれLHCI-1からLHCI-7と命名し(図1の赤文字)、それらを構成する遺伝子は、RedCAP、Lhcr6、Lhcr3、Lhcr5、Lhcr4、Lhcr1、Lhcr2であることを見出しました(図1の黒文字)。
特に、RedCAPはPSIと特異的な相互作用を示すことが分かり、紅藻のPSI-LHCIの構造的特徴の一端が明らかになりました。
一般的に、PSIのA1電子受容体にはフィロキノンが結合しているが、本研究で解析した G. sulphuraria のPSIにはフィロキノンが検出されませんでした。
代わりに、ユビキノン様のベンゾキノン化合物がA1部位に存在することが示唆されました(図2の赤文字表記)。
HPLC分析によりフィロキノンのピークが検出されなかったことからも、この紅藻PSIが従来とは異なる電子伝達メカニズムを持つ可能性が示されました。
この発見は、G. sulphuraria が独自の電子伝達分子を用いることで環境に適応している可能性を示唆するものであり、光合成の進化的適応を理解する上で重要な知見となります。
LHCIの分子系統解析の知見をもとに、G. sulphuraria のLHCIの結合パターンが他の紅藻と比較して保存されていることが明らかになりました。
特に、RedCAPがPSIと特異的に結合することが確認され、この結合様式が紅藻の光合成システムの進化において重要な役割を果たしている可能性が示されました。
さらに、紅藻のLHCIが持つ相互作用の多様性が、紅藻PSI-LHCIの進化的適応に寄与していることが示唆されました。
本研究により、原始紅藻G. sulphurariaのPSI-LHCI構造の詳細が明らかになっただけでなく、その進化的特徴や独自の電子伝達メカニズムが解明されました。これらの知見は、紅藻の光合成系の進化的適応を理解する上で重要な基盤となり、今後の光合成研究の発展に寄与することが期待されます。
【論文情報】
掲載誌名:Science Advances
論文タイトル:Structure of a photosystem I supercomplex from Galdieria sulphuraria close to an ancestral red alga
著者:Koji Kato, Minoru Kumazawa, Yoshiki Nakajima, Takehiro Suzuki, Naoshi Dohmae, Jian-Ren Shen, Kentaro Ifuku, Ryo Nagao
DOI:10.1126/sciadv.adv7488
【用語説明】
注1:原始紅藻
紅藻の中でも進化的に初期の段階に位置付けられるグループを指します。
一般的には、紅藻門(Rhodophyta)に属し、特にシアニディオ藻綱(Cyanidiophyceae)などの単細胞性の紅藻が含まれます。
このグループは、極限環境に適応した特徴を持ち、紅藻の進化や光合成の研究において重要なモデルとされています。
注2:光化学系I(PSI)集光性色素タンパク質(LHCI)超複合体(PSI-LHCI)
PSI-LHCIはPSIとLHCIによって構成される巨大な膜タンパク質複合体です。
PSIは光エネルギーを化学エネルギーへ変換する膜タンパク質複合体で、10種類以上のサブユニットから構成されます。
補欠因子として、鉄硫黄から構成される金属錯体、色素分子(クロロフィルやカロテノイド)がPSIタンパク質に結合しています。
クロロフィルとカロテノイドはそれぞれ特有の光エネルギー吸収帯を持ち、光捕集に重要な役割を担います。
LHCIは、光エネルギーを捕捉し、光化学系へ効率的に伝達する役割を担うタンパク質群です。
光合成の初期反応において、太陽光を利用可能な化学エネルギーに変換するための重要な要素であり、その多様性と進化は、光環境への適応や光合成効率の向上に寄与しています。
注3:クライオ電子顕微鏡
タンパク質などの生体分子を水溶液中の生理的な環境に近い状態で、電子顕微鏡で観察するために開発された手法です。
まず、試料を含む溶液を液体エタン(約-170℃)に落下させて急速凍結し、アモルファス(非晶質、ガラス状)な薄い氷に包埋します。
これを液体窒素(-196℃)条件下で、透過型電子顕微鏡で観察します。
電子顕微鏡内の真空中では試料は凍結状態を保持でき、また、冷却することにより電子線の照射による損傷を減らすことができます。
注4:単粒子構造解析
電子顕微鏡で撮影した多数の生体分子の単粒子像から、その立体構造を決定する構造解析手法のことをいいます。
2017年のノーベル化学賞の受賞者の一人、Joachim Frankらにより単粒子解析法の基礎がつくられました。
注5:A1電子受容体
PSIの電子伝達を担う分子です。
PSIの電子伝達経路には、P700、A0、A1、FX、FA、FBの一連の電子受容体が関与し、電子はそれらを経由して順次移動します。
A1の分子種は通常、フィロキノンです。
注6:酸素発生型光合成
光合成には酸素発生型光合成と酸素非発生型光合成があります。
酸素発生型光合成は、光化学系I、シトクロムb6f、光化学系II、ATP合成酵素と呼ばれるそれぞれの膜タンパク質複合体によって駆動され、光エネルギーを利用して水と二酸化炭素から有機物と酸素を合成します。
酸素非発生型光合成生物が進化して酸素発生型光合成生物になったと考えられています。
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