Tetraselmis striata の集光性色素タンパク質の解析およびその進化的特性の解明
【研究のポイント】
● Tetraselmis striata NIES-1019(注1)から光合成色素タンパク質複合体(LHC、PSI-LHCI、PSII-LHCII)(注2)を精製し、その色素組成およびスペクトル特性を解析しました。
● LHCにおける蛍光スペクトルは他の緑色植物と類似する一方、PSI-LHCIおよびPSII-LHCIIでは異なる特徴を示し、独自の光捕集戦略の存在を示唆しました。
● LHCの系統解析の結果、T. striataのLHCがユニークな進化系統であることを示唆しました。
【研究概要】
静岡大学農学部の 山本 悠馬(修士課程1年生)と 長尾 遼 准教授らの研究グループは、理化学研究所の堂前直ユニットリーダーらとの共同研究により、T. striata NIES-1019から光合成色素タンパク質複合体を単離し、色素分析、蛍光・吸収スペクトル測定、および分子系統解析を行いました。
その結果、本種の集光性色素タンパク質(LHC)、光化学系I集光性色素タンパク質超複合体(PSI-LHCI)、光化学系II集光性色素タンパク質超複合体(PSII-LHCII)のすべてにおいて、loroxanthin decenoateおよびloroxanthin dodecenoateといった特異なカロテノイドが共通して検出されました。
これらはモデル緑藻Chlamydomonas reinhardtiiやOstreococcus tauriには見られず、Tetraselmis属に特有の色素であることが示されました。
また、蛍光スペクトルの解析により、LHCは他の緑色植物と似た光合成色素配置を持つ一方で、PSI-LHCIおよびPSII-LHCIIでは異なる挙動を示すことが明らかとなり、カロテノイドとクロロフィルの相互作用が異なる可能性が浮かび上がりました。
これらの知見は、Tetraselmisにおける光捕集および光保護の多様な適応戦略を解明する上で重要な手がかりとなります。
なお、本研究成果は、2025年5月26日に、国際雑誌「Photosynthesis Research」に掲載されました。
【研究者コメント】
静岡大学農学部 准教授・長尾 遼(ながお りょう)
Tetraselmis属のような初期分岐系統の緑藻は、光合成色素の多様性や光捕集複合体の進化を知る上で貴重なモデルです。
本研究では、この藻類がどのようにして独自の色素タンパク質複合体を獲得したかを明らかにし、光合成の進化適応に迫る手がかりを得ることができました。
【研究背景】
酸素発生型光合成(注3)は、光合成生物が太陽光を利用して水と二酸化炭素から有機物と酸素を合成する過程であり、地球上の生命活動を支える根幹的な代謝です。
このプロセスは、シアノバクテリアや藻類、陸上植物などの光合成生物が持つPSIおよびPSIIといった膜タンパク質複合体によって担われ、さらにそれらに結合するLHCが光エネルギーの効率的な捕集と伝達を支えています。
LHCはクロロフィルやカロテノイドといった色素を含み、光合成装置の構造と機能の多様化に重要な役割を果たしています。
特に緑藻類は、PSIとPSIIの両方にLHCを備える一次共生藻類であり、LHCの進化や構造的多様性を解明する上で重要な研究対象です。
Tetraselmis属は、緑色植物界の中でも初期に分岐したとされるChlorodendrophyceaeに属する単細胞性の緑藻であり(図1)、強い環境耐性を有し、健康食品などの応用も期待されている種です。
しかし、このグループに属する藻類の光合成装置、特にLHCの構成や色素結合特性については、これまでほとんど明らかにされていませんでした。
本研究では、T. striata NIES-1019を対象に、PSI-LHCI、PSII-LHCII、LHCを単離し、色素組成、分光特性、分子系統解析を包括的に行うことで、Chlorodendrophyceaeに特有な光合成色素タンパク質の特徴とその進化的背景に迫りました。
【研究の成果】
本研究では、T. striata NIES-1019より光合成色素タンパク質複合体(LHC、PSI-LHCI、PSII-LHCII)を精製し、各複合体の色素組成および分光特性を明らかにしました(図2)。
すべての複合体から、ロロキサンチン誘導体であるloroxanthin decenoateおよびloroxanthin dodecenoateが検出され(図3)、これらのカロテノイドはC. reinhardtiiやO. tauriなど他の緑藻類では報告されていないことから、本属に特有の進化的獲得である可能性が示唆されました。
蛍光スペクトルの解析により、PSII-LHCIIおよびPSI-LHCIの蛍光特性はC. reinhardtiiや陸上植物とは異なり、色素配置の違いが示唆されました。
一方、LHCの蛍光特性は緑色系統の生物と類似しており、クロロフィルの結合配置の保存性が示されました。
分子系統解析の結果、T. striataのLHCIIはC. reinhardtiiやPedinomonas minorと同様にLHCBMを主成分とする三量体を形成しており、PSII外周アンテナとしての構成が保存されていることが分かりました。
一方で、PSIの外周アンテナ構成においては、C. reinhardtiiのLHCA4aおよびLHCA6aに相当するタンパク質がT. striataでは検出されず、LHCA5aのみが確認されました。このことは、PSI外周アンテナの構造が他の緑藻と異なる可能性を示し、Chlorodendrophyceae特有の進化的構成を示唆しています。
T. striataは緑色植物の進化系統の中で早期に分岐したChlorodendrophyceaeに属しており、本研究はこの系統における光合成装置の構造的特徴とその進化的意義を明らかにする上で重要な位置づけを持ちます。
特に、T. striataが持つPSI外周アンテナの組成や、loroxanthin誘導体の保持は、UTC系統(注4)に属するC. reinhardtiiとは異なる光捕集戦略と進化経路を示唆しています。
また、PrasinophytaとUTCの中間に位置するChlorodendrophyceaeの解析は、光合成色素タンパク質複合体の進化過程を時系列で理解する上でも重要な知見を提供します。
以上の成果は、光合成色素タンパク質の構成や光捕集機構が緑藻類の進化過程で多様に変化してきたことを示すものであり、Tetraselmis属における特異な色素-タンパク質相互作用の理解と、緑藻類の光合成の進化的多様性の解明に貢献する重要な知見です。
【論文情報】
掲載誌名:Photosynthesis Research
論文タイトル:Biochemical and phylogenetic analyses of light-harvesting complexes from Tetraselmis striata
著者:Yuma N. Yamamoto, Takehiro Suzuki, Yoshifumi Ueno, Tatsuya Tomo, Naoshi Dohmae, Atsushi Takabayashi, Ryo Nagao
DOI:https://doi.org/10.1007/s11120-025-01152-7
【用語説明】
注1:Tetraselmis属
緑藻植物門(Chlorophyta)のクロロデンドル藻綱(Chlorodendrophyceae)に属する単細胞性の鞭毛藻であり、海水および汽水域に広く分布しています。
細胞は4本の鞭毛を持ち、表層はスケールと呼ばれる構造で覆われており、遊泳能力を有します。
栄養学的に有用な脂質や色素を産生することから、Tetraselmisは水産養殖やバイオ燃料、健康食品の分野でも注目されてきました。
分類学的には、緑色植物の中で初期に分岐したクロロデンドル藻綱に位置づけられ、進化的にはプラシノ藻と派生的緑藻(UTC系統)の中間にあたる系統に属します。
そのため、本属は、光合成色素タンパク質の構造的多様性や色素組成の進化を理解する上で重要なモデル生物のひとつとされています。
特に近年では、Tetraselmisの光合成装置が他の緑藻や陸上植物とは異なる特徴を持つことが明らかになりつつあり、光合成の進化的柔軟性を探る研究の対象として注目されています。
注2:光合成色素タンパク質複合体(LHC、PSI-LHCI、PSII-LHCII)
光合成生物が太陽光を効率的に利用するために発達させた膜タンパク質複合体であり、クロロフィルやカロテノイドなどの色素分子がタンパク質に結合して構成されています。
これらの複合体は、主に光エネルギーを吸収し、光化学反応を担う光化学系I(PSI)および光化学系II(PSII)へと効率よくエネルギーを伝達する機能を果たしています。
PSIIに結合するLHC(LHCII)はPSII-LHCII複合体を形成し、水の酸化による酸素発生と電子供給を促進するPSII反応中心への光エネルギーの供給を担います。
一方、PSIに結合するLHC(LHCI)はPSI-LHCI複合体を構成し、電子伝達鎖の終点であるPSIに光エネルギーを伝える役割を担っています。
これらの複合体は生物種ごとに色素の種類や結合様式に違いが見られ、光環境への適応や光合成の進化過程を理解する上で極めて重要な分子装置です。
注3:酸素発生型光合成
光合成には酸素発生型光合成と酸素非発生型光合成があります。
酸素発生型光合成は、光化学系I、シトクロムb6f、光化学系II、ATP合成酵素と呼ばれるそれぞれの膜タンパク質複合体によって駆動され、光エネルギーを利用して水と二酸化炭素から有機物と酸素を合成します。
酸素非発生型光合成生物が進化して酸素発生型光合成生物になったと考えられています。
注4:UTC系統
緑藻植物門(Chlorophyta)に属する三つの主要な系統、すなわちウルボ藻綱(Ulvophyceae)、トレボウクシア藻綱(Trebouxiophyceae)、クロロフィシス藻綱(Chlorophyceae)の頭文字をとって総称される分類群であり、緑色植物の中でも比較的後期に出現した派生的なグループです。
これらの系統は、細胞構造、生殖様式、生活環の多様性に富み、淡水・海水の両方に適応した種を含むほか、単細胞から多細胞、群体形成生物に至るまで幅広い形態を示します。
モデル生物として知られるクラミドモナス(Chlamydomonas reinhardtii)はクロロフィシス藻綱に属し、光合成研究や分子生物学の分野で広く用いられています。
UTC系統は、緑藻植物門における主流な進化の流れを代表しており、より原始的な系統とされるプラシノ藻やChlorodendrophyceaeとの比較を通じて、光合成装置や光合成色素タンパク質の進化的変遷を明らかにする上で重要な枠組みを提供します。
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静岡大学農学部 准教授
長尾 遼(ながお りょう)
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E-mail:nagao.ryo[at]shizuoka.ac.jp
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