光を消すと結晶がジャンプする新現象を発見 - 光と熱、2つの刺激の相乗効果で実現-
静岡大学理学部の 関 朋宏 准教授 の研究グループは、高知工科大学の林 正太郎 教授、東京科学大学の植草 秀裕 教授らと共同で新規結晶アクチュエータの開発に成功しました。
【研究のポイント】
・「光を消す(遮る)ことで」結晶がジャンプするという現象を世界で初めて確認しました。
・光と熱という二種類の外部刺激を適切に用いることで初めて現れる機能的な挙動です。
・将来的に、周囲の環境変化に応答して動作する刺激応答性マテリアル、微小な機械部品となり得るマイクロアクチュエーター、自律的に形状を変えるスマート材料などへの応用が期待されます。
「分子結晶」はある分子が規則正しく配列して構成されています。通常動いたりしませんが、近年一部の特殊な結晶が外部からの刺激をきっかけとして、動く現象が知られてきました。例えば、温度を上げるとポンとはじけ飛ぶ結晶や、光を当てると割れる結晶などが報告されています。運動のきっかけとなる刺激の種類に応じて、これらの運動はサーモサリエント効果、フォトサリエント効果と呼ばれています(図a)。研究グループはこのたび、「光を消すとジャンプする結晶」というこれまでにない新現象を発見しました。紫外光の照射を止めた瞬間に、分子の結晶がまるでポップコーンのように飛び跳ねます。研究チームはこの現象を“ライトオフサリエント効果”と名付けました。
本研究では、新規に合成した有機分子1(図b)の結晶を用いました。この結晶は、温度変化によって結晶構造が変化(結晶相転移)する性質があります。通常(光を用いない場合)、約160 ℃に加熱すると結晶構造が変わります(1A → 1X)が、研究グループはここに光(紫外光)を組み合わせました(図d、e)。紫外光を当てながら加熱すると、結晶内部の構造変化が起こる温度を約30 ℃も下げることができることが分かりました(図e)。冷却過程においても、元の結晶構造が回復する(1X → 1A)温度が光照射によって約10 ℃低下します(図e)。つまり、光を照射することで、より低い温度で結晶の状態を変化させることに成功したのです。さらに重要なことに、紫外光を照射した状態で加熱した結晶に対して、急に光を遮断すると, その瞬間に結晶の構造が急激に変わり、結晶が小さく跳ね上がる現象を実現しました。紫外光照射と加熱という二つの刺激を巧みに利用することで、光を消した“瞬間”に初めて生じるこのジャンプ現象(ライトオフサリエント効果)を引き起こすことに成功したのです(図f)。
今回見出した「光を消すと結晶がジャンプする」という現象は、異なる種類の刺激を適切に組み合わせることで、物質の新しい機能を引き出せることを示しています。この成果は、刺激に応答して形が変わったり動いたりする次世代のスマート材料の開発につながる可能性があります。例えば、温度や光など環境の変化によって自律的に駆動するマイクロアクチュエーター(微小な作動器)への応用や、将来的には人工筋肉のように外部刺激で動作するデバイス、環境に合わせて形状を変える柔軟な構造材料などへの展開が期待できます。
なお、本研究成果は、2025年7月7日付でAmerican Chemical Societyの発行する国際雑誌「Journal of the American Chemical Society」に掲載されました。
【研究概要】
結晶に光(紫外光)と温度変化という二種類の刺激を与え、光を消す操作を行うことで、結晶が飛び跳ねる現象を世界で初めて発見しました。用いたのは有機分子からなる小さな結晶で、温度を上げると結晶内部の構造(結晶相)が変化する性質を持ちます。本研究では紫外光照射と加熱を同時に行うことで、その構造が変化する温度を大幅に低下させることに成功しました。そして、紫外光を照射した状態で適切な加熱温度を保ち、光をオフ(遮断)にすると、結晶内で急激な構造変化が誘発され、その反動で結晶そのものが跳ねるという挙動を確認しました。このように異なる外部刺激を適切に組み合わせるという手法により、結晶の力学的運動現象を引き出す未知の様式を確立しました。
【研究背景】
有機分子からなる結晶は、もろく壊れやすいと認識されてきました。しかし近年、温度や光、力などの外部刺激によって結晶が曲がったり割れたり飛んだりする特殊な現象が相次いで報告され、注目を集めています。中でも、加熱によって結晶が飛び跳ねる現象は「サーモサリエント効果」、光照射によって結晶が飛ぶ・砕ける現象は「フォトサリエント効果」と呼ばれています。これは結晶内部で分子の配列の変化が起き、その歪みやエネルギー放出によって結晶が動くものと考えられます。こうした刺激応答機能は、将来的な材料への応用の可能性から盛んに研究が行われてきました。研究グループは、未知の機能を引き出す手段として「複数の刺激を同時に使う」ことに着目しました。異なる種類の刺激を組み合わせれば、これまで単一の刺激では実現できなかった新しい現象が起こせるのではないか――その発想のもと、研究を進めました。
【研究の成果】
本研究では、有機色素分子1からなる結晶を材料として実験を行いました。1を再結晶すると常温で安定な結晶1Aが得られます。1Aを加熱すると高温でのみ存在する1Xという相に相転移することが分かっています。通常、1Aから1Xへの相転移(結晶構造の変化)は約160 ℃で起こり、冷却過程では約130 ℃で1Aが回復します。しかし、紫外光照射などの第二の刺激を加えることで、この相転移温度を10~30 ℃程度下げることに成功しました。言い換えれば、光を当てながら温度変化させることで、より低い温度で結晶内部の構造変化を誘発できるのです。この手法を用いて結晶を制御した結果、紫外光を照射した状態で加熱した結晶から光を遮断すると、タイミングを合わせたように結晶が小さく飛び跳ねる現象(ライトオフ・サリエント効果)を確認しました。これは光と熱という二つの刺激を組み合わせた場合にのみ実現する特殊な力学的応答です。温度変化を利用せず光照射をオフにしても見られなかった挙動であり、まさに温度変化との相乗効果によって生じた新機能と言えます。研究チームは、このような光を消すタイミングで起こる結晶ジャンプ現象を世界で初めて実現し、そのメカニズムを明らかにしました。
【今後の展望と波及効果】
今回の成果は、複数の刺激を巧みに使うことで、材料に新しい機能や動作を発現させられることを示しました。今後、この知見を応用することで、さまざまな刺激応答性材料の開発が期待できます。例えば、特定の条件が揃った時にだけ動作するセンサーや、光や温度の変化でオン・オフ制御できるマイクロアクチュエーターへの応用が考えられます。また、外部からエネルギーを与えなくても環境変化に応じて自律的に形状を変える自律変形材料(スマート材料)への展開も可能かもしれません。さらに、今回発見された現象自体も極めてユニークであるため、他の物質系でも同様のライトオフ動作を示す材料が見つかれば、新しい物質科学の領域が拓かれる可能性があります。刺激の組み合わせ方次第で、未知の現象を引き起こせる余地は大きく、今後の研究発展が期待されます。
【論文情報】
掲載誌名: Journal of the American Chemical Society
論文タイトル: Light-off Salient Effect: Thermal Phase Transitions of Molecular Crystals Controlled by Photoirradiation
著者: 関朋宏、岡田拓己、池田昌弘、山本凱世、林正太郎、岸田裕子、植草秀裕
DOI: 10.1021/jacs.5c04563
【研究助成】
本研究は、以下の支援によって行われました。 ・ 日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業(JP22H02155, JP22K19058, JP24K01574, JP22K05032, and JP24H00005) ・ 科学技術振興機構(JST)PREST(JPMJPR21AB)、JST FOREST Program(JPMJFR211W)
【用語説明】
サリエント効果:
外部からの刺激に応じて、結晶が飛び跳ねたり、割れたりといった力学的な動作を示す現象の総称。たとえば、加熱により瞬間的にジャンプする現象は「サーモサリエント効果」、光照射によって動く場合は「フォトサリエント効果」と呼ばれる。本研究では、光を遮断することで結晶が跳ね上がる新しいタイプのサリエント効果を世界で初めて発見し、「ライトオフサリエント効果」と命名した。
結晶の相転移:
結晶において、温度や圧力、光などの外部環境の変化により、構成分子や原子の配列様式(結晶構造)が異なる状態へと変化する現象。相転移には、分子の配置がわずかに変わるようなものから、全く異なる構造に変わるものまで幅広いタイプがあり、それぞれに特徴的な物性の変化が伴う。同じ分子から分子結晶は、結晶構造が変化すると、光学的、機械的、熱的性質が劇的に変わる場合がある。
問い合わせ先:
(研究に関すること)
静岡大学 理学部 准教授
関 朋宏
TEL : 054-238-4936
E-mail : seki.tomohiro[at]shizuoka.ac.jp
高知工科大学 理工学群 教授
林 正太郎
TEL : 0887-57-2516
E-mail : hayashi.shotaro[at]kochi-tech.ac.jp
東京科学大学 理学院 教授 植草秀裕
TEL : 03-5734-3529
E-mail : uekusa[at]chem.sci.isct.ac.jp
(報道に関すること)
静岡大学 総務部 広報・基金課
TEL : 054-238-5179
E-mail : koho_all[at]adb.shizuoka.ac.jp
高知工科大学 学生支援部 広報課
TEL : 0887-53-1080
E-mail : kouhou[at]ml.kochi-tech.ac.jp
東京科学大学 総務企画部 広報課
TEL : 03-5734-2975
E-mail : media[at]adm.isct.ac.jp
※[at]を@に変更してご利用ください。