超低栄養性細菌を用いたバイオプラスチックの生産に成功 -低炭素・低コストバイオプロセス実現に向けて-
静岡大学工学部の吉田 信行 准教授の研究グループは、京都大学、東京科学大学との共同研究で、超低栄養性細菌を用いてバイオプラスチックの一種であるポリヒドロキシアルカン酸(PHA)の生産に成功しました。
【研究のポイント】
・常識では考えられないくらいの低栄養条件で生育する微生物を超低栄養性細菌と呼ぶ。
・当研究グループは超低栄養性細菌の単離およびその生育メカニズムの解明を試みている。
・今回、他の微生物のPHA生合成に関わる遺伝子を超低栄養性細菌に導入した。
・低栄養条件下でPHAの一種であるポリヒドロキシ酪酸の生産に成功した。
本研究は、JST未来社会創造事業における「地球規模課題である低炭素社会の実現」領域の一環として行ったものです。超低栄養性細菌Rhodoocccus qingshengii N9T-4株は炭素・窒素・硫黄源を含まない培地に生育します。PHA生産菌として知られるCupriavidus necatorのPHA生合成に関わる遺伝子をN9T-4株に導入し、低栄養条件での発現を試みました。その結果、低栄養条件でPHAの一種であるポリヒドロキシ酪酸の生産を確認することができました。
本研究で得られた研究成果は、今後、PHAあるいはその他の有用物質生産における低炭素・低コストバイオプロセス、あるいはカーボンニュートラルな原料を用いた炭素循環型バイオプロセスの構築につながると期待されます。
なお、本研究成果は、令和7年7月22日に、Springer Natureの発行する国際雑誌「Scientific Reports」に掲載されました。
【研究者コメント】
静岡大学工学部化学バイオ工学科 准教授 吉田 信行(よしだ のぶゆき)
世間ではAI的な研究が溢れていますが、私は今だに自然界から有用な微生物を探し、調べ、育てるような地道な研究を行っています。
新しい発見はそのような泥臭い研究から生まれるものだと信じています。
今回の成果も、そのような信念のもと研究を続けた研究室学生、共同研究者によるものです。
【研究背景】
微生物を培養するには炭素・窒素・硫黄源が主要栄養源として必ず必要です。大気中の二酸化炭素を炭素源、大気中の窒素分子を窒素源として利用できる微生物もいますが、それらの利用には多大なエネルギーが必要です。私たちはこれらの栄養源を加えていなくても、簡単に生育する微生物を発見し、超低栄養性細菌(スーパーオリゴトローフ)と名付け、基礎(どのようにして生育しているのか?)と応用(産業応用できないか?)について研究を進めています。栄養源を低く抑えられるということは、それだけ低コストな微生物生産への応用が期待できます。そこで、超低栄養性細菌の中で最も研究が進んでいるRhodoocccus qingshengii N9T-4株を用いて、バイオプラスチックとして知られるポリヒドロキシアルカン酸(PHA)の生産を試みました。PHAの生産に関しては国内外で様々な検討がなされていますが、製造コストが高いという問題点があります。
【研究の成果】
N9T-4株は極端な低栄養条件で生育しますが、そのままでは有用物質を生産しません。そこで、PHA生産菌として産業応用されているCupriavidus necator H16株のPHA生合成に関与する3つの遺伝子(phaC1, phaA, phaB1)を、低栄養条件でスイッチが入るaldAプロモーターの下流に連結し、N9T-4株内での発現を試みました。その結果、それぞれの遺伝子に対応する3つのタンパク質の発現が確認できました(右図)。遺伝子発現株を培養し解析したところ、細胞内にPHAの蓄積を示す顆粒が確認でき、成分分析の結果3-ヒドロキシ酪酸をモノマーとするPHA(PHB)を生産していることが判明しました。遺伝子発現株は低栄養条件(炭素源無添加)でもPHAを生産しますが、エタノールを炭素源として加えた時に最も高い生産性を示し、乾燥菌体当たり20%以上のPHBを生産していることが分かりました。
【今後の展望と波及効果】
やはり炭素源無添加の条件では生産性が低く、工業生産レベルまでには達しませんが、本菌は元々炭素源存在下でも炭素節約型の代謝を行うことが分かっており、PHA生産についても炭素源をうまく選択することにより、炭素節約型のバイオプロセスの構築が可能になると期待されます。今回、低栄養条件で遺伝子の発現に成功したことにより、PHA以外の様々な有用物質生産も可能となります。さらに本菌を用いて、合成メタン、合成メタノールなどの循環型C1化合物を原料とする研究も進めており、炭素循環型バイオプロセスの開発を目指しています。
【論文情報】
掲載誌名:Scientific Reports
論文タイトル:Production of poly(3-hydroxybutyrate) by Rhodococcus qingshengii N9T-4 using the oligotrophic gene expression system
著者:Akihiro Otsuka, Izumi Orita, Hiroya Yurimoto & Nobuyuki Yoshida
DOI:https://www.nature.com/articles/s41598-025-12197-y
【研究助成】
JST未来社会創造事業「ゲームチェンジングテクノロジー」による低炭素社会の実現(京都大学、東京科学大学、静岡大学)2022年〜
問い合わせ先:
(研究に関すること)
静岡大学工学部化学バイオ工学科・准教授
吉田 信行
TEL : 053-478-1274
E-mail : yoshida.nobuyuki[at]shizuoka.ac.jp
(報道に関すること)
静岡大学 広報・基金課
TEL : 054-238-5179
E-mail : koho_all[at]adb.shizuoka.ac.jp
※[at]を@に変更してご利用ください