多彩な可視光を感知する光スイッチたんぱく質の設計に成功 ~シアノバクテリアの分子進化に基づく新たな人工分子の創出~

2020/06/23
プレスリリース

■ポイント■
・シアノバクテリアから光を感知する新規のシアノバクテリオクロムの発見に成功した。
・青色光から橙色光までの可視光を感知する人工のシアノバクテリオクロムの作製に成功した。
・8つの光感知分子の光制御機構を技術基盤とすることで多彩な光制御系の開発が期待される。

 静岡大学大学院総合科学技術研究科の成川礼講師(グリーン科学技術研究所兼任)、伏見圭司特任助教らは、酸素を発生して光合成(酸素発生型光合成)を行う微生物のシアノバクテリア(注1)より、橙色光と緑色光を感知する新しいシアノバクテリオクロム(注2)の発見に成功しました。

 シアノバクテリオクロムはシアノバクテリアが持つ色素たんぱく質であり、様々な波長の光(注3)を感知する光受容体として知られています。本研究チームは、昨年、橙色光と遠赤色光を感知するシアノバクテリオクロムの分子構造を解明しました。今回、多様なシアノバクテリオクロムの配列と構造と比較することで、青色光、青緑色光、緑色光、黄緑色光、黄色光、橙色光を感知するために重要となる、分子の進化に関わるアミノ酸(注4)を同定しました。その情報を基にシアノバクテリオクロムの人工的な改変を試みたところ、青色光から橙色光までの可視光を感知する7種類の改変体を作り出すことに成功しました。さらに、これらのたんぱく質と細胞内シグナル誘導たんぱく質を連結した人工酵素を作ったところ、シアノバクテリオクロムのたんぱく質部分で光を感知して、細胞内シグナル誘導たんぱく質部分の活性を制御できる、光スイッチ(注5)として働くことを立証しました。

 今後、本研究成果で得られた分子を技術基盤とすることで、多彩な色の光で制御・観察できる光スイッチや蛍光プローブ(注6)の開発が期待できます。なお、本研究は米国カリフォルニア大学デービス校の研究チームとの共同研究によって行われました。

 本研究成果は、2020年6月22日(米国東部時間)に、米国アカデミー紀要「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America」に掲載されます。


【研究の背景】
 光受容体と呼ばれる色素たんぱく質は、光質(色)や光量(強さ)を感知する分子です。この特性を利用して、生きた細胞や組織の中の生体分子の活性や動態を、光を照射して任意に制御または観察できる光スイッチや蛍光プローブの開発が盛んに行われています。

 シアノバクテリオクロムはシアノバクテリアのみに保存されている光受容体たんぱく質であり、可視光を中心として、短波長の紫外光から長波長の遠赤色光までの幅広い波長領域で光を感知するさまざまな種類が発見されています。それらは大まかに、短波長型(主に青色光と緑色光を感知)と長波長型(緑色光と赤色光ないし橙色光と遠赤色光を感知)に分類され、前者は短波長型色素であるフィコビオロビリン、後者は長波長型色素であるフィコシアノビリンもしくはビリベルジンを結合します。中でも、短波長型のシアノバクテリオクロムでは、3つの色調節機構(注7)がその分子内で働き、感知する光の波長領域を調節しています。さらに、シアノバクテリアの進化の過程でこれらの機能の取捨選択が進み、シアノバクテリオクロムの分子種は多様化しています。

 本研究グループはこれまで、哺乳類内在性色素であるビリベルジンを結合することで、橙色光と遠赤色光を感知する長波長型のシアノバクテリオクロムの分子機構を解明するとともに、近赤外光の蛍光プローブの開発に成功し、これらの研究成果を発表しました(Fushimi, K. et al., Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A., 2019)。

 シアノバクテリアの進化的系譜を考慮した上で、シアノバクテリオクロムが3つの色調節機構を取捨選択する機能を人工的に改変することができれば、多彩な可視光を利用できる光スイッチや蛍光プローブを開発するための技術基盤となることが期待されていました。


【研究の内容】
 本研究グループは、シアノバクテリオクロムの分子情報を基に、段階的に変異導入を施すことによって、感知する光の波長領域を調節するアミノ酸残基を特定することを目的として研究を開始しました。この過程で、今回、短波長型のシアノバクテリオクロムの中から特異な分子種を新規に発見しました。このシアノバクテリオクロム・AM1_1499g1の吸収スペクトル(注8)を測定したところ、橙色光と緑色光を感知することが明らかになりました(図1A)。

 この AM1_1499g1 を対象として、さまざまなシアノバクテリオクロムのアミノ酸配列と分子構造の情報を比較し、結合する色素に対する「異性化反応」、「脱着反応」、「高度な捻じれ」の制御に重要なアミノ酸残基を同定しました。さらにそれらの部位に遺伝子工学的に段階的な部位特異的変異を施したところ、①黄色光と青緑色光(図1B)、②黄緑色光と青緑色光(図1C)、③青色光と青緑色光(図1D)、④橙色光と黄色光(図1E)、⑤黄色光と緑色光(図1F)、⑥黄緑色光と緑色光(図1G)、⑦青色光と緑色光(図1H)を感知する7つの改変AM1_1499g1分子を作り出すことに成功しました(図1I)。元のAM1_1499g1とこれら7つの分子の吸収スペクトルを比較し、分子構造を帰属することで、多様な短波長型のシアノバクテリオクロムの創出原理を解明しました(図2)。元となるAM1_1499g1は色調節機構に関与する重要なCys残基が欠如しており、これまで報告されていた研究結果との比較から、「異性化反応」、「脱着反応」が起きずに「高度な捻じれ」のみが起きていると推定されます(図2A)。①はそのCys残基を導入することで、「異性化反応」、「高度な捻じれ」が起こります(図2B)。さらに、②は色素の歪みを制御するLeu残基とAsn残基を導入することで、「異性化反応」、「高度な捻じれ」を維持したまま感知する光の波長領域を調節しています(図2C)。③は色素を重要なCys残基の方向に押し込むTyr残基を導入することで、「異性化反応」、「脱着反応」、「高度な捻じれ」の全てが起こります(図2D)。④から⑦はそれぞれの「高度な捻じれ」を解除するVal残基を導入することで、「異性化反応」、「脱着反応」の有無を維持したまま感知する光の波長領域を調節しています(図2E–H)。

 さらに、これら8つの分子から①黄色光と青緑色光を感知する光感知分子(図1B)を選択し、細胞内シグナル誘導たんぱく質として知られている環状AMP合成酵素(注9)と連結した人工酵素を創出しました。この融合たんぱく質に青緑色光および黄色光を照射しながらその活性を測定したところ、青緑色光照射下の方が高い活性が得られ、黄色光照射下に比べて約5倍高い活性を示しました。つまり、青緑色光照射によってできる黄色光感知型が活性型であり、黄色光照射によってできる青緑色光感知型が不活性型であるということになります(図3)。このことから、この分子は光の色に応じて活性を制御できる光スイッチとして働くことを立証しました。


【今後の展望】
 本研究成果は、昨年の研究成果と双璧を成すものであり、多彩な光の波長領域で制御・観察可能な光スイッチや蛍光プローブを創出するための分子基盤となります。


【問い合わせ先】 

(研究に関すること)
講師 成川 礼(なりかわ れい)
TEL:054-238-4783  E-mail:narikawa.rei[at]shizuoka.ac.jp

(JST事業に関すること)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 ライフイノベーショングループ
保田 睦子(やすだ むつこ)
TEL:03-3512-3524 E-mail:crest[at]jst.go.jp

(報道に関すること)
静岡大学 広報室
川島 有貴(かわしま ゆき)
TEL:054-238-4407  E-mail:koho_all[at]adb.shizuoka.ac.jp
科学技術振興機構 広報課
TEL:03-5214-8404 E-mail:jstkoho[at]jst.go.jp

※全て[at]を@に変更してご利用ください


【論文情報】
題名:
Evolution-inspired design of multicolored photoswitches from a single cyanobacteriochrome scaffold
分子進化に基づいた多彩な可視光を感知する分子の合理的設計と応用利用
雑誌名:
Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America
著者:
Fushimi, K., Hasegawa, M., Ito, T., Rockwell, N. C., Enomoto, G., Ni-Ni-Win, Lagarias, J. C., Ikeuchi, M., Narikawa, R.


【研究助成】
 本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業CREST「光の特性を活用した生命機能の時空間制御技術の開発と応用」研究領域(研究総括:影山龍一郎(京都大学 教授)における研究課題名「ゲノムの光操作技術の開発と生命現象解明への応用」(研究代表者:佐藤守俊(東京大学 教授)(JPMJCR1653)、JSPS科研費 26702036「若手研究A」の支援を受けたものです。


【参考図】








【用語説明】

(注1)シアノバクテリア
水圏を始めとするあらゆる場所に生息する酸素発生型の光合成を行う細菌です。

(注2)シアノバクテリオクロム
シアノバクテリアのみが持つ光受容体であり、特定(色、強さ)の光を吸収することによって、その構造を可逆的に変化させる「光変換」を起こします。これまでに様々な波長領域の光を吸収する分子が発見され、その分子構造や光反応機構が解析されています。

(注3)様々な波長の光(波長と色の関係)
光は周期的な「波」としての性質を持ち、その長さを波長と言います。また、相対的に短い波長を短波長、長い波長を長波長と呼びます。我々が識別できる「可視光」は 400–700 nm(nm = 10 億分の1メートル)前後の波長領域(大まかに、紫色光:400–450 nm、青色光:450–500 nm、緑色光:500–570 nm、黄色光:570–590 nm、橙色光:590–620 nm、赤色光:620–700 nm)で、それよりも短波長の光は「紫外光」、長波長の光は「赤外光」と呼ばれます。また、「遠赤色光」または「近赤外光」の波長領域は、700–800 nm またはそれ以上の長波長の光を指します。

(注4)アミノ酸
右図で示す20種類の化合物です。共通する部分構造(黒色の部分)と固有の部分構造(橙色の部分)をもちます。
たんぱく質は、これらのアミノ酸が繋がった分子で、生体内で遺伝子情報を基にして合成されます。初めは鎖状構造をしていますが、その後、成熟して立体構造をとります。共通する部分構造で繋げられた長い鎖状構造を主鎖、固有の部分構造から成る短い鎖状構造を側鎖と呼びます。この側鎖の大きさや化学的性質が、たんぱく質の性質を決める重要な要因となります。つまり、アミノ酸配列(「どの種類のアミノ酸」が「どの順番」で繋がっているのか)によって、たんぱく質の構造や機能が決まってきます。本研究においては、変異導入前のSer 残基、Tyr残基、Thr残基、His 残基、Phe 残基(図2で水色で示したアミノ酸残基)と変異導入後のCys 残基、Leu残基、Asn残基、Tyr 残基、Val 残基(図2で黃色で示したアミノ酸残基)のそれぞれの側鎖の大きさや化学的性質が色素の安定性や反応性に影響(3つの色調節機構(注7))を与えます。



(注5)光スイッチ
光操作によって、細胞や組織の中の生物活性を任意の場所、時間で制御することを可能にする人工分子です。光受容体の光変換を巧みに利用することで、目的の生体分子の構造や機能を制御します。

(注6)蛍光プローブ
細胞や組織の中の生体分子を可視化し、分子動態を観察することを目的として利用される蛍光性分子です。

(注7)3つの色調節機構
紫外光〜
「短波長型色素への異性化反応」、「共有結合の脱着反応」、「立体構造の高度な捻じれ」の3つがあります。「異性化反応」は、シアノバクテリオクロムに取り込まれた長波長型色素・フィコシアノビリンを短波長型色素・フィコビオロビリンに変化させる反応です。「脱着反応」は、光変換に伴って、重要なCys残基が可逆的な共有結合を形成する反応です。「高度な捻じれ」は、色素の立体構造を部分的に歪ませることで、化学的な性質を変化させる機構です。

(注8)吸収スペクトル
紫外光〜赤外光の波長領域の光の吸収量を連続的にモニターした分布図です。シアノバクテリオクロムは、光変換によって、吸収する光の波長が変化するため、それぞれの吸収型の吸収スペクトルを測定し、既存のシアノバクテリオクロムと比較解析を行うことで、その分子構造や光反応機構を推定することができます。

(注9)環状AMP合成酵素
細胞内の情報伝達系の活性化し、さまざまな生命現象を誘導するきっかけとなる分子(環状AMP)を合成する酵素です。

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