高活性なカルベン型分子性触媒の開発に成功 ~水素移動を制御する緻密な分子デザイン~

2020/08/28
プレスリリース

■ポイント■
・含窒素複素環式カルベン触媒反応に広く応用可能な高活性な新規のカルベン型分子性触媒の開発に成功した。
・ルイス塩基性官能基が律速段階である水素移動を加速することで、触媒活性の向上に成功した。
・カルベン型触媒とα,β-不飽和アルデヒドによって形成される準安定な四面体中間体の単離・同定に成功した。

【研究概要】
 静岡大学大学院総合科学技術研究科の鳴海哲夫准教授(グリーン科学技術研究所兼任)らは、有機分子触媒(注1)の一つである含窒素複素環式カルベン(N-Heterocyclic Carbene、以下NHC) (注2) のN-アリール基にルイス塩基性官能基を導入することでNHC触媒反応に広く応用可能な新規高活性NHC触媒の開発に成功しました。

 NHCは、多くの化合物中に存在する官能基であるカルボニル基 (注3)極性転換(注4)を契機として多様な分子変換を可能にする有用な触媒として知られており、これまでにNHC触媒を利用した多くの有用物質合成法が報告されています。

 本研究グループは、これまでに反応性や選択性の制御などに重要なN-アリール基に着目し、その構造最適化によってNHC触媒の高活性化に成功しており、N-アリール基が律速段階(注5)の水素移動に寄与することを明らかにしています (Narumi, T., et al., Org. Lett. 2017, 19, 2750.)。今回の研究では、律速段階である水素移動を加速するために、N-アリール基にルイス塩基性官能基を導入することで、NHC触媒の高活性化が可能になると着想し、研究に着手しました。

 最適構造を探索した結果、N-アリール基のオルト位にメトキシエチル基を導入することで (NHC触媒4)、触媒活性が向上することを見出しました。さらに、X線結晶構造解析や速度論的評価の結果から律速段階の水素移動が酸素原子の近接効果によって加速されていることを明らかにしました。また、NHC触媒反応のメカニズム解析において重要な中間体であるNHCとα,β-不飽和アルデヒドによって形成される四面体中間体の単離、同定にも世界で初めて成功しました。

 本研究で得られた研究成果は、今後のNHC触媒を基盤とする触媒研究において、触媒設計や反応機構解析などに有用な基礎的知見を与え、この知見を応用した触媒開発によって医薬品や機能性材料などの有用物資の合成の加速につながると期待されます。

 本研究成果は、2020年8月21日(中央ヨーロッパ時間) に、ドイツのWiley-VCHの発行する国際化学ジャーナル「Angewandte Chemie International Edition」に掲載されました。


【研究背景】
 含窒素複素環式カルベン (N-Heterocyclic Carbene、以下NHC) は、触媒作用を持つ化合物であり、多くの化合物に含まれるカルボニル基を極性転換させることで、これまでに多くの化合物合成法が報告されています。特に、NHC はα,β-不飽和アルデヒドと反応して共役型Breslow中間体(注6)と呼ばれる鍵中間体を形成します。この鍵中間体は、求核種であるホモエノラート等価体(注7)として機能し、天然物や合成中間体に多く含まれる炭素五員環化合物や複素五員環化合物(注8)を与えます。このように、ホモエノラート等価体を経由するNHC触媒反応は優れた合成手法ですが、本反応系では一般的に反応性の乏しさや基質適用範囲の狭さ、選択性の低さなど課題があり、基質構造や反応系に依存せず高い触媒活性を発揮するNHC触媒の開発が望まれます。
 本研究グループはこれまでに反応性や選択性の制御などに大きな役割を果たすN-アリール基に着目し、その構造最適化によってNHC触媒の高活性化に成功しており、N-アリール基が律速段階の水素移動を構造因子になることを報告しています (Narumi, T., et al., Org. Lett. 2017, 19, 2750.)。しかしながら、依然としてNHC触媒自体の触媒活性を高める有用な方法はほとんどないのが現状です。


【研究の成果】
 本研究の成功の鍵は、律速段階の水素移動を狙った触媒設計、つまり、N-アリール基の適切な位置に酸素原子を導入したことです。化学反応の進行は、律速段階と呼ばれる段階に支配されます。したがって、化学反応の進行を加速するには、この律速段階に対して効果を持つ触媒設計が必要になります。今回、本研究グループは、律速段階の水素移動にNHC触媒のN-アリール基が寄与するという知見を基に、水素移動を加速するルイス塩基性官能基を導入することで、NHC触媒の高活性化が可能になると着想し、研究に着手しました (図1)。


図1.律速段階の水素移動を加速するNHC触媒の設計

 最適な触媒構造を探索するため、N-アリール基のオルト位に種々のアルコキシ基を導入したNHC触媒1-4を合成し、γ-ブチロラクトン形成反応をモデル反応として、汎用されるNHC触媒であるIMesと比較することで触媒活性を評価しました (図2)。その結果、N-アリール基のオルト位にメトキシエチル基を導入したNHC触媒4において触媒活性が向上することを見出しました。また、酸素原子をメチレンへと置換したn-ブチル基を有するNHC触媒5を合成し、その触媒活性を評価したところ、NHC触媒5がNHC触媒4よりも触媒活性が低下したことから、酸素原子が触媒活性に寄与していることが示唆されました。


図2.最適触媒構造の探索

 次に、導入したメトキシエチル基の酸素原子の律速段階の水素移動のみに対する効果を精査するため、より簡単な四面体中間体モデルを合成しました。酸素原子を有するNHC触媒4の四面体中間体モデル6のX線結晶構造を解析した結果 (図 3a)、メトキシエチル基の酸素原子とα位の水素原子 (C(α)-H) の原子間距離が2.461 Åであり、酸素原子と水素原子のvan der Waals半径の和である2.7 Åよりも小さいことから、NHC触媒とアルデヒドから生成する四面体中間体において、メトキシエチル基の酸素原子が水素原子 (C(α)-H) に接近できることが明らかになりました。

 さらに、C(α)-Hの重水素交換速度を四面体中間体モデルを用いて評価したところ (図 3b)、酸素原子を有する四面体中間体モデル6の重水素交換速度が、酸素原子を持たないNHC触媒5の四面体中間体モデル7よりも約1.3倍速いことが明らかになりました。これは、酸素原子の近接効果により四面体中間体のC(α)-Hが脱プロトン化されやすくなることを示唆しています。


図3. a)NHC触媒4の四面体中間体モデル6のX線結晶構造解析  b)重水素交換実験

 また、NHC触媒とα,β-不飽和アルデヒドによって形成される四面体中間体を単離・構造決定することにも成功しました (図4)。この四面体中間体モデルを用いた速度論的評価の結果、NHC触媒4の酸素原子は四面体中間体の形成ではなく、共役型Breslow中間体の形成に主に寄与していることを明らかにしました。


図4. 四面体中間体の単離

 最後に、本触媒の有用性を精査するため、これまでに報告されているBreslow中間体または共役型Breslow中間体を経由する種々の反応に対して、酸素原子を有するNHC触媒4と酸素原子を持たないNHC触媒5を比較することで評価しました。その結果、多くの反応系において酸素原子を有するNHC触媒4がNHC触媒5よりも高収率にて反応が進行することが明らかになりました。これらの結果は、本触媒設計が様々なNHC触媒反応に対して有用であることを示唆するものです。


【今後の展望と波及効果】
 本研究成果は、今後のNHC触媒を基盤とする研究において、触媒設計や反応機構解析などに有用な基礎的知見を与え、医薬品や機能性材料などの有用物資合成の加速に繋がる成果と考えられます。


【問い合わせ先】
(研究に関すること)
静岡大学大学院総合科学技術研究科 准教授
鳴海 哲夫 (なるみ てつお)
TEL : 053-478-1198  E-mail : narumi.tetsuo[at]shizuoka.ac.jp
(報道に関すること)
静岡大学 広報室
TEL : 054-238-4407  E-mail : koho_all[at]adb.shizuoka.ac.jp

※全て[at]を@に変更してご利用ください


【論文情報】
掲載誌名:
Angewandte Chemie International Edition
論文タイトル:
Pendant Alkoxy Groups on N-Aryl Substitutions Drive the Efficiency of Imidazolylidene Catalysts for Homoenolate Annulation from Enal and Aldehyde
著者:
Ryuji Kyan, Kohei Sato, Nobuyuki Mase, Tetsuo Narumi (喜屋武龍二・佐藤浩平・間瀬暢之・鳴海哲夫)
DOI:
10.1002/anie.202008631


【研究助成】
 本研究は、文部科学省科学研究費補助金 新学術領域研究 (研究領域提案型)「有機分子触媒による未来型分子変換」の支援を受けたものです。


【用語説明】

(注1) 有機分子触媒
毒性の強い金属元素を含まず、炭素・水素・窒素・酸素・硫黄・リン・ハロゲンなど天然に多く存在し、毒性が問題にならない典型元素から構成される、触媒作用を有する化合物のこと。

(注2) 含窒素複素環式カルベン (N-Heterocyclic Carbene ; NHC)
カルベンとは炭素の周りに6電子しか価電子を持たない二価化学種のこと。そのうちカルベン中心炭素が隣接する2つの窒素原子または窒素原子と硫黄原子に挟まれた環状カルベン種のことを含窒素複素環式カルベンという。

(注3) カルボニル基
有機化学における官能基のひとつで、>C=O と表される2価の官能基。

(注4) 極性転換
求核性を持つ官能基を求電子性を持つ官能基に、あるいは逆に求電子性を持つ官能基を求核性を持つ官能基に変換すること。
古典的な有機化学とは異なる反応を進行させることが可能となり、強力な合成手法となる。

(注5) 律速段階
化学反応がいくつかの段階を経て進む場合、その中で最も進行が遅い反応段階のこと。この段階の反応速度で全体の反応速度が支配される。

(注6) 共役型Breslow中間体
α,β-不飽和アルデヒドと NHCの反応で生じるエノール骨格を有する化学種のこと。
窒素原子上の非共有電子対の非局在化によりいくつかの反応種として機能する。

(注7) ホモエノラート等価体
共役型Breslow中間体から生じる反応種の一つ。

(注8) 炭素五員環化合物や複素五員環化合物
炭素五員環化合物 : 炭素のみで五員環を形成した化合物のこと。
複素五員環化合物 : 炭素だけでなく窒素や酸素、硫黄など炭素以外の原子も含み五員環を形成した化合物のこと。

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