ユリの「花成ホルモン」は球根で作られることを発見 開花制御や球根貯蔵の技術開発などに期待

2020/11/11
プレスリリース

 植物は、季節の変化を認識して、その植物にとって最適な季節に開花するようにプログラムされています。一般に、開花を誘導する花成ホルモン(フロリゲン、FTタンパク質)は、環境の変化に応答し、葉で作られ、茎頂に移動した後、花を咲かせるスイッチを始動します。静岡大学農学部の中塚 貴司准教授の研究グループは、アジアティックハイブリッド(AH)ユリの2つの花成ホルモン遺伝子を同定し、これまで葉で作られると考えられていた花成ホルモンが、AHユリでは球根の鱗片(りんぺん)で作られていることを発見しました。これらの2つの花成ホルモン遺伝子は、花芽分化の誘導だけでなく春化(低温感受)にも関与しており、それぞれ異なる開花生理に働くことが推定されました。

 ユリは、国内産出額が353億円(平成30年度花卉統計)とキクに次いで多いことから重要な花卉の一つとされ、静岡県内にもユリ生産農家やユリ園があります。本研究成果は、ユリの開花や春化がどのように制御されているかを明らかにする手がかりとなり、今後、開花制御や球根貯蔵などの技術開発に役立つことが期待されます。また、本研究成果はユリ以外のチューリップなどの花卉園芸上重要な球根植物への波及効果も高いと考えられます。
 本研究成果は、スイス科学雑誌フロンティアズ イン プラント サイエンス(Frontiers of Plant Science)で日本時間11月9日に掲載されました。
 本研究は、北海道大学、岩手生物工学研究センター、愛媛大学と共同で実施され、JSPS科研費(15H04447と19H02945)の助成を受けた成果です。

■ポイント■
▶ユリの「花成ホルモン」は球根で作られることを発見
▶ユリの開花や春化がどのように制御されているかメカニズム解明の手がかりとなる
▶ユリの開花制御技術や球根貯蔵の技術開発などに繋がる


【研究概要】
 静岡大学・学術院・農学領域・花卉園芸学研究室の中塚貴司 准教授の研究グループは、主要な花卉品目の一つであるユリの開花の分子メカニズムを解析し、これまで葉で作られることが一般的であった花成ホルモンが、ユリの場合は球根鱗片(りんぺん)で作られることを世界で初めて明らかにしました。本研究は、北海道大学大学院農学研究院(山岸真澄 准教授)、岩手生物工学研究センター(根本圭一郎 主任研究員)、愛媛大学プロテオサイエンスセンター(野澤彰 講師、澤崎達也 教授)との共同研究で、主に静岡大学大学院・総合科学技術研究科・農学専攻・修士課程修了生の黒河夏菜さんと修士1年の小林純也君の研究が基礎となっています。
 ユリの開花制御技術は、1990年代に球根の氷温貯蔵法による栽培技術が確立されて以降、新たな技術開発が行われていません。ユリ育種には長い年月が必要であり、その育種の中心であるオランダから、ユリ球根の多くは輸入されています。ユリの原種のうち15種は日本に自生しており、国内のユリ生産や育種を活性化するため、また近年の気候変動に対応するためにも、ユリの開花制御技術や品種開発に繋がる花成メカニズムを明らかにすることが重要な課題であります。
 本研究では、ユリの2つの花成ホルモン遺伝子LhFT1とLhFT8の同定に成功しました。一般的に花成ホルモンが作られる葉では、LhFT1とLhFT8遺伝子ともにほとんど発現していませんでした。そこで他の組織についても発現解析を行ったところ、球根の鱗片でLhFT1とLhFT8遺伝子が強く発現(転写)していることが明らかとなりました。LhFT8遺伝子は球根が低温に遭遇している期間に、LhFT1遺伝子は花芽分化が始まる頃に、鱗片でそれぞれの遺伝子の発現が増加します。そのため、この2つの花成ホルモン遺伝子は、ユリ開花生理において役割分担をしており、LhFT1遺伝子は花芽形成の誘導、LhFT8遺伝子は春化に関与していると推定されました。
 今回の発見は、ユリの開花や春化がどのように制御されているかを明らかにする手がかりとなり、今後、開花制御や球根貯蔵などの技術開発に役立つことが期待されます。また、本研究成果はユリ以外のチューリップなどの球根植物にも波及効果が高いと考えられます。

【研究の背景】
 ユリの原種は日本に自生し、その美しい花が人々を魅了し、「歩く姿は百合のよう」と女性の容姿に例えられたりしています。ユリは、キクに次いで国内産出額が高い花卉品目であります(353億円、平成30年度花卉統計)。
 ユリは球根植物で、秋に球根を植え、地面の中で冬の低温に遭遇することで、花を咲かす能力を獲得します。これを「春化」といいます。その後、春になり暖かくなると、地上に出葉、生長し、春から夏にかけて花を咲かせます。
 植物の茎頂は、生育段階で葉を展開する栄養成長から花を咲かせる生殖成長へと変換します。その変換(花芽分化)に関わる植物ホルモンが花成ホルモン「フロリゲン」です。花成ホルモンの発見には、日本の研究者が重要な役割を果たしています。花成ホルモンは、環境の変化に応答して葉で作られ、その後、茎の先端(茎頂分裂組織)に移動して働きます。ユリやチューリップでは、葉が地上部に出現する前の球根内部で花芽分化が開始するため、どの組織で花成ホルモンが働いているかは明らかにされていませんでした。さらに、ユリでは花芽分化について遺伝子解析した研究報告も少なく、ユリの開花制御や球根貯蔵のためには花成ホルモンの遺伝子の同定やその働きを明らかにする必要があると考えました。

【研究の内容】
 私たちの研究で、アジアティックハイブリッドユリから2つの花成ホルモン様遺伝子(LhFT1とLhFT8)を同定しました。LhFT8遺伝子は、冬の低温に遭遇している球根の鱗片で発現が増加したのちに、発現が減少しました。一方、LhFT1遺伝子は、低温遭遇した球根を土壌に定植した直後からの球根の鱗片で遺伝子発現が上昇し、茎頂での花芽分化の開始と強い相関がありました。また、LhFT1とLhFT8タンバク質が花成ホルモン受容体であるLhFDタンパク質と相互作用することを明らかにしました。また、モデル植物シロイヌナズナ開花遅延変異体ft-10で、LhFT1遺伝子を過剰発現した個体では、開花遅延を完全に補うことができました。一方、LhFT8遺伝子を過剰発現した個体では、部分的な開花遅延の補完にとどまりました。これらの解析から、ユリにおいてLhFT1遺伝子が花成ホルモンフロリゲンとして機能していると推定されました。また、LhFT8遺伝子は、春化や休眠打破に関与していると推定されました。

【研究担当者の思い】
 本研究では、これまで葉で作られると考えられていた花成ホルモンが、ユリの場合では球根の鱗片で作られることを明らかにしました。ユリでは、地上部に葉が出現する前に花芽分化が始まっており、この矛盾を明らかにすることができました。また、ユリの球根のような層状鱗茎は見た目からは想像できませんが、「葉が肥大した組織」と「短縮した茎」で構成されると考えられており、本研究成果ではそれを実証することにもなっています。
 アジアティックハイブリッドユリの開花生理の研究の基礎は、静岡大学農学部の故大川清名誉教授の功績が大きく、その研究の系譜が再び繋がったような喜びを感じています。今後も、静岡大学・農学部・花卉園芸学研究室では、花卉の育種や栽培に役立つような研究を学生と共に行っていきたいと思っています。

【研究成果の公開】
論文タイトル: Expression of LhFT1, the flowering inducer of Asiatic hybrid lily, in the bulb scales
著者: Kana Kurokawa, Junya Kobayashi, Keiichirou Nemoto, Akira Nozawa, Tatsuya Sawasaki, Takashi Nakatsuka, and Masumi Yamagishi
黒河 夏菜、小林 純也、中塚 貴司 (静岡大学)
山岸真澄 (北海道大学)
根本 圭一郎 (岩手生物工学研究センター)
野澤 彰、澤崎 達也 (愛媛大学)
雑誌: Frontiers in Plant Science
DOI: doi: 10.3389/fpls.2020.570915

【用語説明】
花成ホルモン(かせいほるもん、フロリゲン、FTタンパク質): 植物に花芽を作らせる植物ホルモンであり、FTと呼ばれるタンパク質がその正体である。花成ホルモンの発見には、日本の多くの研究者が関わっている。高校教科書には、「花成ホルモンは葉で作られ、師管を通って茎頂分裂組織に移動し、そこで花成形成を誘導する」と書かれている。
花芽分化(かがぶんか): 茎の上部先端にある茎頂は、はじめは葉を分化する栄養成長を行っている。開花に適切な環境になると、その環境変化に応答して、茎頂で萼や花弁のような花器官が分化することを指す。一度、花芽分化した茎頂分裂組織は、栄養成長に戻ることはない。
春化(しゅんか): 一定期間の低温に遭遇することで、花芽分化が促進される現象。ユリ球根の場合は、低温に1か月以上遭遇が花芽分化に必要であり、低温遭遇しないと茎の伸長は起こるが正常な花芽分化が誘導されない。
鱗片(りんぺん): ユリ球根は、鱗状鱗茎と呼ばれ、鱗片と底盤からなる。鱗片は、葉が肥大した組織であり、一方底盤は短縮茎と呼ばれ、茎頂と節間を含む茎である。チューリップやタマネギは、層状鱗茎と呼ばれ、最外部に薄皮が存在する等の違いがありますが、同じ鱗茎に分類されます。

【参考データ】

申込み方法・問い合わせ先:

【お問い合わせ先】
学術院・農学領域・生物資源科学系列 中塚 貴司
TEL/FAX:054-238-4353
E-mail:nakatsuka.takashi[at]shizuoka.ac.jp
※[at]を@に変更してご利用ください

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