電場に追随した強誘電体の電子状態のリアルタイム観測に成功 ~鉛を使わない環境に優しい強誘電体材料開発に道筋~

2021/03/04
プレスリリース

■発表のポイント■
○高速変動電場下で、誘電体の電子状態変化のリアルタイム観測に初めて成功
○チタン酸バリウム中のバリウムイオンとチタンイオンの静電相互作用を発見
○サブマイクロ秒の汎用的な時間分解X線吸収分光法を開発

【概要】
 広島大学大学院先進理工系科学研究科の加藤盛也大学院生(博士後期課程1年)、中島伸夫准教授らは、東京工業大学科学技術創成研究院の安井伸太郎助教、同大学物質理工学院の安原颯助教、静岡大学大学院総合科学技術研究科の符徳勝教授、高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所の足立純一研究機関講師、仁谷浩明助教、武市泰男助教、ラトビア大学のアンドリス・アンスポックス主任研究員らと共同で、チタン酸バリウム薄膜に交流電場をかけた際に引き起こされる電子状態変化のリアルタイム観測に初めて成功しました。
 物質に電場をかけた際に、物質を構成する原子間の結合がどのように変化するのか、その場観察することは困難でした。放射光X線を用いた元素選択的な測定と、高速信号処理が可能な半導体X線検出器を組み合わせることにより、この困難を克服し、バリウムイオンとチタンイオンの静電相互作用を実験により初めて明らかにしました。古くから知られているチタン酸バリウムは、人体に有害な鉛を使わない強誘電体として再注目されており、本研究により、この物質を使った材料開発に新たな道筋を見出しました。
 本研究の成果は、材料学で権威のある雑誌 Acta Materialia に1月21日付でオンライン掲載されました。

掲載誌:
Acta Materialia 207, 116681 (2021).
タイトル:
Dielectric response of BaTiO3 electronic states under AC fields via microsecond time-resolved X-ray absorption spectroscopy
著者:
Seiya Kato, Nobuo Nakajima, Shintaro Yasui, Sou Yasuhara, Desheng Fu,
Jun-ichi Adachi, Hiroaki Nitani, Yasuo Takeichi, and Andris Anspoks
DOI :doi.org/10.1016/j.actamat.2021.116681

【背景】
スマートフォンなどの電子デバイスに使われている積層コンデンサーには、チタン酸バリウム(BaTiO3)が用いられています。化学的にも安定なこの物質は電子セラミックスの根幹を支えており、産業界にとっては極めて重要な物質です。
チタン酸バリウムの優れた特性は、プラスの電荷をもつチタン(Ti)とマイナスの電荷をもつ酸素(O)の電子共有に由来することが、30年前の理論提案により一般的に認識されています。しかし、もう一つのプラスの電荷をもつ元素バリウム(Ba)についての理解は十分ではありませんでした。本研究では、新たな観点からチタンの電子状態をリアルタイムに観測したところ、バリウムも物質の特性に重要な役割をもっていることを発見しました。本発見は、コンデンサー材料の開発につながるだけでなく、鉛を含む圧電セラミックスの代替材料として期待されているチタン酸バリウムの圧電セラミックス材料としての新たな道筋を示すものです。

【研究成果の内容】
 チタン酸バリウムは、チタン(陽イオン)と酸素(陰イオン)の原子位置が結晶格子の中で相対的に変位することで電気を蓄える特異な性質(強誘電性)を示します。一方、チタンと同じ陽イオンであるバリウムがその性質にどのように寄与しているのか、必ずしも十分に理解されておらず、特に外部から加えた速い電圧変化に対して、元素間の結合状態がどのように追随し強誘電性として現れているのか未解明でした。
 本研究は、KEKのフォトンファクトリーにて放射光X線の特性である元素種を見分ける能力を活かし、マイクロ秒以下で信号を処理できる回路を備えた検出器を用いて行いました。その結果、強誘電性の主役であるチタンと酸素の共有結合の強度変化に加え、陽イオン同士であるバリウムとチタンの間に働く静電相互作用の存在とその強度変化を、電圧が変化するタイミングに合わせて測定することに成功しました。
 これまで、陽イオンであるバリウムは陰イオンの酸素と電子軌道が混成すると理解されていましたが、本研究により陽イオン同士のバリウムとチタンの間にも電子相関があることを世界で初めて明らかにしました。


▲チタン酸バリウム薄膜に交流電場をかけながら、同時にX線を照射して、
リアルタイムに電子状態(原子同士の結合の様子)を観察する実験の模式図


【今後の展開】
 廃プラスチック問題に象徴されるように、環境負荷の小さい材料の開発はこれからの科学技術に求められる条件です。また、希少金属(レアメタル)に頼らずとも、地球上に多く存在するケイ素やアルミニウム、鉄などの身近な元素を用いることも必要な条件と言えます。物質を構成する個々の元素がどのように特異な性質を生み出しているのか(元素選択的な理解)、電子デバイスに実装された作動条件下で各原子がどのように応答しているのかを明らかにすること(リアルタイムな観測)が、材料開発において今後ますます重要になります。本研究で開発したサブマイクロ秒時間分解と軟X線吸収を組み合わせた時間分解X線吸収分光法が、電場をかけた条件下の誘電体材料のみならず、応力を加えた条件下の圧電体材料や、パルス磁場下の磁性体材料など、さまざまな物質研究に有効な手法になると期待されます。

【お問い合わせ先】
【研究に関すること】
広島大学 大学院先進理工系科学研究科 准教授 中島伸夫
Tel:082-424-7361 FAX:082-424-0717
E-mail:nobuo[at]hiroshima-u.ac.jp

東京工業大学 科学技術創成研究院 助教 安井伸太郎
E-mail:yasui.s.aa[at]m.titech.ac.jp
東京工業大学 物質理工学院 助教 安原颯
E-mail:yasuhara.s.aa[at]m.titech.ac.jp

静岡大学 大学院総合科学技術研究科 教授 符徳勝
Tel:053-478-1374
E-mail:fu.tokusho[at]shizuoka.ac.jp

高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所
研究機関講師 足立純一
E-mail:adachij[at]post.kek.jp
助教 仁谷浩明
E-mail:hiroaki.nitani[at]kek.jp
助教 武市泰男
E-mail:yasuo.takeichi[at]kek.jp


【報道に関すること】
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高エネルギー加速器研究機構 広報室
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