腐食環境下におけるセラミックス被覆の水素透過測定に成功 ―水素透過による劣化挙動のその場測定―

2021/06/11
プレスリリース

 静岡大学学術院理学領域の近田拓未講師(理学部附属放射科学教育研究推進センター兼務)は、核融合科学研究所との共同研究で、核融合炉の実現に向けて解決すべき重要課題の一つである水素の透過漏洩を低減する被覆の研究開発として、様々な層構造で作製したセラミックス被覆に対して液体金属に接触させた状態での水素透過測定に成功しました。

 核融合炉では、燃料となる水素同位体の炉内での生産と核融合反応で得られたエネルギーの熱への変換のために、リチウムを含んだ液体金属の使用が検討されています。この液体金属の中で有望なリチウムと鉛の合金を用いた場合、水素同位体の透過漏洩と配管等の腐食が深刻な課題となっており、両者を同時に低減する機能性被覆の研究が進められています。本研究では、簡便な手法で酸化ジルコニウムと酸化エルビウムを用いて層構造の異なる被覆を作製し、液体リチウム鉛合金に接触させた状態で精密な水素同位体の透過試験に成功しました。これにより、被覆が腐食環境においても高い水素透過低減性能を示すことが明らかになるのみならず、水素透過の変化から被覆の劣化挙動をその場で検知することに初めて成功し、これまで試験前後の分析からしか議論できなかった劣化のメカニズムを詳細に調べることが可能になりました。この成果は、液体金属を用いた核融合炉システムの燃料効率および安全性の向上に資する基盤技術となるものであり、今後高効率の核融合炉の構築が期待されます。

 本研究成果は、オランダのElsevier B.V.が出版する国際科学誌Corrosion Scienceに2021年5月25日にオンライン掲載されました。(DOI: 10.1016/j.corsci.2021.109583)

■発表のポイント■
・セラミックス被覆中の水素透過を液体金属に接触した状態で測定することに成功。
・水素透過の変化から被覆の劣化挙動をその場で検知することに初めて成功。
・液体金属を用いた先進的な核融合炉の設計への活用が期待。


【研究背景】
 資源が無尽蔵であり固有の安全性を持つことから、将来の基幹エネルギーとして研究開発が進められている核融合炉は、水素の同位体である重水素と三重水素(トリチウム)を燃料として核反応させ、エネルギーを生み出します。重水素は海水に150 ppm(0.015 %)程度含まれるため資源として豊富といえますが、トリチウムは地球上にほとんどないため、核融合炉内で生産、回収し、燃料として供給するサイクルを確立する必要があります。トリチウムの生産に用いられる元素はリチウムであり、ブランケットという機器で中性子と核反応させることでトリチウムを生成します。しかし、水素同位体は鉄鋼材料などの金属中を高温で高速で通り抜ける(透過する)性質があるため、ブランケットで生産したトリチウムが回収されずに冷却材など配管の外に漏洩してしまうおそれがあります。特に、トリチウムを生産するためにリチウム鉛(リチウムと鉛の合金)を溶かした液体金属を用いる場合、高い熱効率やコンパクト化が見込める一方、トリチウムの透過漏洩と鋼材の腐食が深刻な課題として挙げられます。そこで、トリチウムの透過漏洩を低減するために、水素同位体を通しにくい被覆を施すことが有望な技術として検討され、本研究グループでは酸化物等のセラミックスを用いた被覆の研究開発を行ってきました。

【研究成果】
 本研究グループは、リチウム鉛に腐食されずに水素同位体の透過を低減する被覆として、これまで高い水素透過低減性能が示されてきた酸化ジルコニウム(ZrO2)と酸化エルビウム(Er2O3)の二つのセラミックス材料を用いて、鋼材基板上に有機金属分解法(用語1)図1に示すような一層、二層、四層の被覆を作製しました。被覆の厚さは、一層のZrO2被覆が約200 nm、二層と四層の被覆は約400~450 nmで、基板の厚さ(0.5 mm)の1000分の1以下です。これらの試料に対して、これまで用いてきた重水素透過装置(用語2)を、重水素導入側にリチウム鉛を導入することができるように改造し、被覆がリチウム鉛に接触した状態で重水素透過試験を実施しました。その結果、いずれの被覆においても、基板のみ結果と比較して重水素の透過が100分の1から10000分の1まで低減できることが示され、リチウム鉛の存在下においても被覆は水素同位体の透過を低減できることが明らかになりました。また、この低減性能は、被覆表面に生成した腐食生成物も寄与していることが示唆されました。さらに、これまで被覆のリチウム鉛との共存性を調べるためには、被覆試料を液体リチウム鉛に浸し、封入した状態で一定温度、一定時間曝露することで実施してきましたが、分析は曝露前後でしか実施できないため、どのタイミングで被覆の劣化が起こったのかは解明できませんでした。本研究では、被覆試料をリチウム鉛に曝露した状態で重水素透過を測定するため、被覆に劣化が起きた瞬間に水素透過が増加することが予想されたことから、劣化のタイミングを探ることが可能になりました。実際に、剥離に伴う劣化が起こりやすいことがわかっている四層被覆では、図2に示すように試験中に不連続な透過の増加が確認できたことから、劣化の瞬間を重水素透過の変化によって検知することに成功しました。試験後の分析では、被覆の剥離が観察されました。これにより、四層被覆は試験開始時や終了時の加熱および冷却の過程ではなく、600℃の試験中に劣化が起こったことが立証されました。


図1. 有機金属分解法で作製した(a) ZrO2一層試料、(b) Er2O3-ZrO2二層試料、
(c) Er2O3-ZrO2-Er2O3-ZrO2四層試料の断面顕微鏡像


図2. Er2O3-ZrO2-Er2O3-ZrO2四層試料の600℃におけるの重水素透過フラックスの経時変化

【今後の展開】
 層構造のさらなる最適化による高性能化を目指します。また、リチウム鉛だけでなく、固体のリチウム化合物からトリチウムを生産する方法として、セラミックス微小球を用いた測定を進めています。さらに、核融合炉では高エネルギーの中性子による材料の損傷が想定されるため、照射による損傷を受けた被覆試料の試験に展開します。

【論文情報】
題名:Deuterium permeation through multi-layer ceramic coatings under liquid lithium-lead exposure condition
液体リチウム鉛曝露条件下における多層セラミックス被覆の重水素透過
雑誌名:Corrosion Science
著者:Erika Akahoshi, Moeki Matsunaga, Keisuke Kimura, Kazuki Nakamura, Kazuki Saito, Yoshimitsu Hishinuma, Teruya Tanaka, Takumi Chikada
DOI:10.1016/j.corsci.2021.109583

【研究助成】
 本研究は、JSPS科学研究費補助金(基盤研究(B) 19H01837)および核融合科学研究所一般共同研究(NIFS18KEMF119)の支援を受けて実施されました。

【用語解説】
1.有機金属分解法:
金属が有機溶媒に溶けた状態で存在している溶液を用いて、塗布、乾燥、仮焼、熱処理を経て有機物を分解し、金属酸化物被覆を作製する手法。多くの成膜手法で必要な真空容器を使わず、液体を用いることから配管の内面にも成膜可能の手法として、実用化に向けた研究が進められている。
2.重水素透過装置:
平板の試料を二つの真空容器を仕切る形で設置し、片側に重水素、もう片側を真空状態にして重水素の濃度差を作り、濃度差を駆動力として透過してきた重水素を真空側に設置したガス分析装置で測定する方法。通常の水素は真空容器中にも大量に存在しているため、天然の濃度が小さい水素同位体である重水素を用いて感度の高い測定を行っている。

【お問合せ先】
<研究内容に関すること>
静岡大学 理学部 講師 近田 拓未(ちかだ たくみ)
TEL:054-238-4796
E-mail:chikada.takumi[at]shizuoka.ac.jp

<報道に関すること>
静岡大学広報室
TEL:054-238-5179
E-mail:koho_all[at]adb.shizuoka.ac.jp

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