水素透過低減、熱耐性、腐食耐性を兼ね備えるサブミクロン機能性薄膜の開発に成功 ―過酷な核融合炉環境で活躍する「三刀流」のセラミックス薄膜―

2021/06/28
プレスリリース

 静岡大学学術院理学領域の近田拓未講師(理学部附属放射科学教育研究推進センター兼務)らは、東北大学、核融合科学研究所との共同研究で、核融合炉における重要課題の一つである水素同位体の透過漏洩を低減する薄膜の研究開発として、液相法によるイットリア安定化ジルコニア(YSZ)薄膜の作製に成功しました。

 この薄膜は、原料となる溶液の塗布と熱処理という簡便な工程で作製でき、厚さが100nm程度と従来の被覆よりも薄いにもかかわらず、重水素の透過を薄膜のない鋼材と比べて2000分の1程度まで低減することが明らかになりました。さらに、熱サイクル耐性や液体金属による腐食耐性も示されるだけでなく、薄膜に発生した亀裂を自己修復できる可能性が示されました。この技術を応用すれば、過酷な環境で長期間使用しても劣化が起こりにくい万能な機能性薄膜が構築でき、核融合炉の燃料効率を向上させることができるだけでなく、水素を過酷な環境で使用する場面に広く応用できることが期待できます。

 本研究成果は、2021年6月17日に、英国物理学会出版局(IOP Publishing)の国際科学オンラインジャーナルNuclear Fusionにオンライン掲載されました。(DOI: 10.1088/1741-4326/ac044d)

■発表のポイント■
・溶液の塗布と熱処理という簡便な成膜手法でイットリア安定化ジルコニア薄膜の作製に成功した。
・厚さ100nm程度の薄膜で鋼材からの水素透過を2000分の1に低減することに成功した。
・薄膜は熱耐性と液体金属に対する腐食耐性を示し、自己修復性も有する可能性を示した。

【研究成果】
 本研究グループは、水素同位体透過低減性能、高温耐性、リチウム鉛耐食性能など、多くの機能が求められる機能性薄膜の研究開発として、酸化ジルコニウム(ZrO₂)に酸化イットリウム(Y₂O₃)を添加し結晶構造を安定化させたイットリア安定化ジルコニア(YSZ)薄膜の液相法による作製に成功しました。これまで、液相法の一種である有機金属分解法(用語1)で作製したZrO₂薄膜によって、高い水素同位体透過低減性能とリチウム鉛耐食性能が示されていましたが、一方で高温において劣化しやすいという課題がありました。これは、ZrO₂が高温で結晶構造を変えやすい性質によるものと考えられており、本研究はこの課題の解決法を提示するものです。ZrO₂は、他の金属酸化物を添加することで結晶構造が安定化することが知られており、本研究では過去に水素透過低減性能を示しているY₂O₃を選定しました。市販の有機金属溶液を用いてY₂O₃を4mol%および10mol%添加したYSZ薄膜の作製を実施したところ、図1に示すようにいずれも膜厚が100nm程度の薄膜が剥離等なく作製でき、元素分析においてもZrとYが検出されました。重水素透過試験(用語2)においては、Y₂O₃を4mol%添加したYSZ薄膜が基板に対して水素同位体の透過を最大2000分の1に低減したのに対し、10mol%添加したYSZ薄膜では透過の低減は小さく、透過試験の過程で劣化したと結論付けました。Y₂O₃を4mol%添加したYSZ薄膜に対して、加熱と冷却を繰り返す熱サイクル中で重水素透過試験を行ったところ、図2に示すように10回のサイクル後も透過低減性能は変化せず、従来のZrO₂被覆より高い高温耐性が示されました。また、静置した状態で500℃、500時間のリチウム鉛曝露試験を実施したところ、いずれの薄膜も劣化が認められず、耐腐食性能を持つことが示されました。さらに、意図的に薄膜に亀裂等を発生させるために曲げ試験を実施したところ、Y₂O₃を4mol%添加したYSZ薄膜試料で結晶構造の変化が見られ、薄膜が結晶構造変化に伴い一部で膨張したことが示されました。このことは、薄膜が膨張することで生じた亀裂を塞ぐ自己修復性能を持つ可能性を示しており、水素透過低減性能、耐熱性能、リチウム鉛耐食性能の「三刀流」に加えて、「四刀流」の機能を兼ね備えることが期待できます。以上から、Y₂O₃を4 mol%添加したYSZ薄膜は核融合炉における機能性薄膜として有望であると結論付けました。


図1 有機金属分解法で作製したYSZ薄膜試料の断面顕微鏡像 (a) 4mol%Y₂O₃添加 (b) 10mol%Y₂O₃添加


図2 4mol%Y₂O₃添加YSZ薄膜の熱サイクル前後の重水素透過挙動(直線は基板となる鋼材のデータ)

【今後の展開】
 曲げ試験時のひずみの量と薄膜の諸特性の変化を調べ、薄膜の自己修復機能についてより詳細な理解を目指します。曲げ試験後の重水素透過試験やリチウム鉛曝露試験等、自己修復性能の実用化に向けた各種性能評価に展開します。

【論文情報】
題名:
Submicron-thick yttria-stabilized zirconia coating as an advanced tritium permeation barrier
先進トリチウム透過低減障壁としてのサブミクロン厚イットリア安定化ジルコニア被覆
雑誌名:Nuclear Fusion
著者:Riho Endoh, Shuhei Nogami, Yoshimitsu Hishinuma, Takumi Chikada
DOI:10.1088/1741-4326/ac044d

【研究助成】
本研究は、JSPS科学研究費補助金(基盤研究(B) 19H01837)および核融合科学研究所一般共同研究(NIFS18KEMF119)の支援を受けて実施されました。

【用語解説】
1.有機金属分解法
金属が有機溶媒に溶けた状態で存在している溶液を用いて、塗布、乾燥、仮焼、熱処理を経て有機物を分解し、金属酸化物被覆を作製する手法。多くの成膜手法で必要な真空容器を使わず、液体を用いることから配管の内面にも成膜可能の手法として、実用化に向けた研究が進められている。
2.重水素透過装置
平板の試料を二つの真空容器を仕切る形で設置し、片側に重水素、もう片側を真空状態にして重水素の濃度差を作り、濃度差を駆動力として透過してきた重水素を真空側に設置したガス分析装置で測定する方法。通常の水素は真空容器中にも大量に存在しているため、天然の濃度が小さい水素同位体である重水素を用いて感度の高い測定を行っている。

【お問い合わせ先】                         
<研究内容に関すること>
静岡大学 理学部 講師 近田 拓未(ちかだ たくみ)
TEL:054-238-4796 E-mail:chikada.takumi[at]shizuoka.ac.jp

<報道に関すること>
静岡大学広報室
TEL:054-238-5179 E-mail:koho_all[at]adb.shizuoka.ac.jp

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