超狭帯域赤外放射を実現 ~光分子結合を利用し赤外放射を制御、新しい赤外光源の実現が可能に~

2022/01/14
プレスリリース

■本研究のポイント■
・従来狭帯域光源を実現するためには、高価なバンドパスフィルターが必要であった。
・本研究では光吸収メタ表面の誘電体層に分子を導入することで、分子振動吸収を増強し、狭帯域赤外放射を実現した。
・今後は赤外光センサーの光源や放射冷却に有用な材料としての活用が期待できる。

【研究概要】
 横浜国立大学の西島 喜明准教授、静岡大学の久保野 敦史教授、東京工業大学の森川 淳子教授、産業技術総合研究所の劉 芽久哉研究員、オーストラリアのスイバーン工科大学(横浜国立大学先端科学高等研究院招聘特別教授、東京工業大学物質理工学院特任教授)のSaulius Juodkazis教授らの共同研究グループは、分子を誘電体層にもつ光吸収メタ表面を構築し、分子振動由来の熱放射の増強に成功しました。これにより、従来の熱放射デバイスをはるかに超える超狭帯域赤外放射材料を確立しました。今後は赤外センサーの有効な光源や放射冷却材料としての展開が大いに期待されます。
 本研究成果は、英国王立化学会の国際論文誌「Journal of Materials Chemistry C」(12月10日付)に掲載されました。
 なお本研究成果は科学研究費補助金(20H02545)、Australian Research Council (Linkage Projects LP190100505)の支援を受け、新コスモス電機株式会社・フィガロ技研株式会社との共同研究の一部として実施されました。


【研究背景・成果】
 中赤外は分子指紋領域と呼ばれており、どのような物質がどれだけ存在するかを知ることができる情報が含まれています。空気中の微量物質(揮発性有機物質VOC)検出では、この原理を使って安定的に動作できる赤外光センサーの開発が進められています。分子振動は一般的に非常に狭帯域の吸収を示し、より高感度・高精度の分子振動を検出するためには、光源の放射帯域を狭帯域化する必要があります。従来はバンドパスフィルターやレーザーなどが使用されてきましたが、より安価で小型なデバイスの実現が強く望まれていました。
 このような背景の中で、分子振動そのものを光源として用いれば、分子検出として最適な狭帯域光源が実現できると着想し、メタ表面と分子との光-分子結合を活用した赤外光吸収増強で、Q値で90を超える狭帯域放射の実現に成功しました。


【研究内容】
 金属薄膜―誘電体―金属ナノ構造からなる材料は、光吸収メタ表面あるいはプラズモン完全吸収帯と呼ばれ、金属薄膜とナノ構造が特定の波長の光と共鳴して光を吸収します。この時、誘電体層に強い電場の局在が発生します。(図1参照)この局在電場中に分子が存在すると光-分子結合が発生し、例えば光吸収の増強などが起こります。また、Gustav Kirchhoffが1860年に提唱したKirchhoffの熱放射の法則によれば、光吸収効率と熱放射効率は等価であることを示していることから、光吸収の増強は熱放射の増強へとつながります。

図1:a.光吸収メタ表面と誘電体層に局在する光電場シミュレーション結果
b. 実際に作製したメタ表面の走査型電子顕微鏡図



 今回誘電体層に設置する分子として、耐熱性高分子であるポリイミドを金の上に製膜し、その上部に半導体加工でナノ構造を形成させました。ポリイミドは中赤外の波長域に狭帯域で特徴的な分子固有のスペクトルを示すことが知られています。メタ表面の共鳴スペクトルとポリイミドの吸収の重なりが大きくなると、ポリイミド由来の吸収ピークが増大していき、100倍以上の吸収増強を観測することに成功しました。また、二つのスペクトルの重なりが大きくなると強結合と呼ばれる現象が発現し、新たな分子固有のスペクトルが形成されることを見出しました。(図2参照

図2:メタ表面によって増強されたポリイミドの吸収スペクトル


 そこで、このメタ表面を加熱して放射スペクトルを計測しました。その結果として反射吸収スペクトルと良い一致を示す放射スペクトルが得られました。この特性として、±60度の範囲でほぼ一定の放射強度を示し、250度の高温まで分子層も安定して存在し長時間にわたって一定の放射が得られることを示すことに成功しました(図3参照)。

図3:a. Kirchhoffの法則に基づいて光吸収と放射スペクトルが良い一致を示す結果が得られた。
b. 250度まで安定なスペクトルが得られた。



【今後の展開】
 本成果により、誘電体層に分子を用いない従来のメタ表面と比較して1/10以下の線幅、90を超えるQ値、100%近い放射効率、250度での高温安定動作を併せ持つ熱放射デバイスが実現できました。分子固有の放射であり、同一の官能基を持つ分子を検出する際に最適な分光的性質を有しています。この性質を利用することで、空気中に存在する微量な物質を高感度で検出できる中赤外光源を実現できます。また、放射冷却機能を増強して、電力を用いずに室内環境を冷却するRadiative cooling にも適応できます。これらの手法を駆使することで、低炭素・持続可能な社会を実現するための革新的デバイスへ展開します。


【発表雑誌】
雑誌名:Journal of Materials Chemistry C、2021年12月10日 オンライン版 DOI 
論文題目:Coupling of molecular vibration and metasurface modes for efficient mid-infrared emission
論文著者:Yoshiaki Nishijima, Shinya Morimoto, Armandas Balčytis, Tomoki Hashizume, Ryosuke Matsubara, Atsushi Kubono, Naoki To, Meguya Ryu, Junko Morikawa and Saulius Juodkazis


【本件に対する問い合わせ先】
横浜国立大学 大学院工学研究院 知的構造の創生部門 西島 喜明 准教授
電話:045-339-4107  E-mail:nishijima-yoshiaki-sp[at]ynu.ac.jp

静岡大学 工学部 電子物質科学科 久保野 敦史 教授
電話:053-478-1185  E-mail:kubono.atsushi[at]shizuoka.ac.jp

東京工業大学 物質理工学院 材料系 森川 淳子 教授
電話:03-5734-2497  E-mail:morikawa.j.aa[at]m.titech.ac.jp

【その他問い合わせ先】
横浜国立大学 総務企画部学長室 広報・渉外係
電話:045-339-3027  E-mail:press[at]ynu.ac.jp

静岡大学 総務部広報室
電話:054-238-5179  E-mail:koho_all[at]adb.shizuoka.ac.jp

東京工業大学 総務部 広報課
電話:03-5734-2975  E-mail:media[at]jim.titech.ac.jp

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