2021年7月3日に静岡県熱海市伊豆山地区で発生した土砂災害現場の盛土と 土石流堆積物に関する地球化学・粒子組成分析の結果

2022/05/20
プレスリリース

静岡大学、日本原子力研究開発機構、ふじのくに地球環境史ミュージアム、愛媛大学、東京大学の研究グループが、2021年7月3日に静岡県熱海市伊豆山地区で発生した土砂災害現場の盛土と土石流堆積物に関する地球化学・粒子組成分析を行い、以下の結果を得ました。

1.盛土の黒色の土砂は他所から搬入されたものである。
2.黒色の土砂と褐色の土砂の混合では、土石流堆積物の泥粒子の成分を説明できない。
3.黒色の土砂と土石流堆積物からチャート岩片を発見し、含有する放散虫化石とドロマイト粒子から、古生代/中生代境界付近から前期白亜紀まで及ぶ時代に形成されたチャート層由来の岩片であることが判明した。
4.チャート岩片は黒色の土砂の有効なトレーサー物質となり、黒色の土砂の採集地の特定の重要な鍵となる。


この研究成果は、「静岡大学地球科学研究報告」に受理されました。
下記の日時で詳細を北村がご説明いたしますので、取材方よろしくお願いいたします。

記者会見について
開催日:2022年5月20日 14:00~
場所 :静岡県庁東館10階 社会部記者室
会見者:静岡大学・北村晃寿

【論文情報】
題名:静岡県熱海市伊豆山地区の土砂災害現場の盛土と土石流堆積物の地球化学・粒子組成分析
誌名:静岡大学地球科学研究報告,49号.
著者:北村晃寿1,2,岡嵜颯太3,近藤満4,渡邊隆広5,中西利典6,堀利栄7,池田昌之8,中川友紀8,市村康治9,森英樹10

1:静岡大学理学部地球科学科,2:静岡大学防災総合センター,3:静岡大学大学院総合科学技術研究科,4:静岡大学理学部化学科,5:日本原子力研究開発機構,6:ふじのくに地球環境史ミュージアム,7:愛媛大学大学院理工学研究科,8:東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻,9:東京大学大学院理学系研究科技術部,10:静岡大学技術部教育支援系教育研究第二部門

【発表内容】
2021年7月3日午前10時30分頃、静岡県熱海市伊豆山地区の逢初(あいぞめ)川沿いで土石流が発生し、伊豆山港に至り相模湾へ流入した(図1)。その後の調査で、逢初川の源頭部にあった盛土が大量に崩落していたことが判明した(静岡県、2021a)。国土地理院(2021)は、2009年と2019年の地形測量データを比較し、同期間に形成された盛土の体積量を約56,000m3と見積もっており、そのうちの約55,500m3が崩落したと静岡県(2021a)は報告している。また、静岡県(2021b)の調査では、盛土には、褐色の土砂と黒色の土砂があり、褐色の土砂は現地周辺のものに類似するが、黒色の土砂は、他所から搬入された土砂と推測されており、また、土石流堆積物と盛土のカルシウム含有率から、土石流となって流下した土砂の混合比率は、黒色の土砂が75~85%で、褐色の土砂が15~25%と推定している。
静岡県の報告書を基に、木村(2021)は、盛土は三層構造で、2009年6月期前の盛土層、褐色の土砂、黒色の土砂の順に重なり、2021年7月3日の崩落崖は、褐色の土砂、黒色の土砂の境界付近にあたるとした(図2)。この解釈が正しいのならば、黒色の土砂は、褐色の土砂よりも崩落しやすい性質を有していた可能性があり、これは崩落原因の一つになりうる。そこで、崩落原因の解明や採集地の特定のためには、さらに土砂の性質などの詳細な特徴も追及する必要があるので、本研究グループは、北村が現地で採取した盛土の褐色の土砂と黒色の土砂と土石流堆積物、そして周辺の土壌について、粒度組成、泥粒子の主要・微量元素分析、鉱物組成、砂粒子の鉱物種・岩石種の同定、チャート岩片中の放散虫化石等の分析を行った。
その結果、次の知見を得た。
1.盛土の黒色の土砂は他所から搬入されたものである。
2.黒色の土砂と褐色の土砂の混合では、土石流堆積物の泥粒子の成分を説明できない。
3.黒色の土砂と土石流堆積物からチャート岩片を発見し、含有する放散虫化石とドロマイト粒子から、古生代/中生代境界付近から前期白亜紀まで及ぶ時代のチャートであることが判明した。
4.チャート岩片は黒色の土砂の有効なトレーサー物質となり、黒色の土砂の採集地の特定の重要な鍵となる。

今回の分析によるデータは多様で量も多いので、このプレスリリースでは最も重要であり新知見である3と4のチャート岩片の発見に関して報告する。
盛土の黒色の土砂と土石流堆積物はチャート岩片を含む(図3)。だが、調査地域周辺にはチャート岩体は分布しないので、黒色の土砂は他地域からもたらされたことは確実である。そして、チャート岩片は放散虫化石を含み、また炭酸塩鉱物のドロマイト(CaMg(CO3)2)粒子を含む粒子もある(図4)。放散虫化石の種類とドロマイト粒子に基づくと、チャートの堆積した年代は、古生代/中生代境界付近から前期白亜紀まで及ぶ時代である(図5)。土石流堆積物及び盛土のチャート片が全て同一起源という仮定に立つと、該当する堆積年代のチャートが報告されているのは秩父帯という地質体だけである。秩父帯は関東地方では関東山地に分布するので(図6)、黒色の土砂の一部の採集地は、関東山地の秩父帯の下流域である。チャート岩片は黒色の土砂の有効なトレーサー物質となり、黒色の土砂の採集地の特定の重要な鍵となる。
北村(2021)は、黒色の土砂と土石流堆積物から海生二枚貝の貝殻を発見し、それらの種類と14C年代値から、黒色の土砂の採集地は、海底浚渫土あるいは海浜堆積物、小田原市東部の中村川下流域に分布する下原層の可能性が高いことを明らかにした。北村(2021)の調査結果と本研究成果を合わせることによって、黒色の土砂の採集地の特定の精度はより向上する。

【本研究成果の社会的意義】
伊豆山地区の土石流災害を踏まえた国土交通省の調査では、点検が必要な盛土は全国調査で36,000箇所以上あることが分かり、同省の報告書には、それらの災害危険性の評価方法に、測量、ボーリング、監視等の調査を挙げたが、具体的な評価指標は示していない。
一方、今国会で「宅地造成等規制法の一部を改正する法律案」が審議されており、第四条には「(略)、宅地造成、特定盛土等又は土石の堆積に伴う崖崩れ又は土砂の流出のおそれがある土地に関する地形、地質の状況その他主務省令で定める事項に関する調査を行うものとする。」とある。しかし、上記の「盛土の災害危険性の評価」と同様に、地形・地質の状況を評価する具体的基準は示されていない。
伊豆周辺では、2021年7月1日から大雨となっていたが、土砂災害は伊豆山地区の土石流だけである。これは、災害危険性としては、逢初川源頭部の盛土が最大であったことを示す。よって、その崩壊の原因究明で得られる知見は、盛土の災害危険性の評価と法律の実効性を確保するための評価基準の策定に、以下の通り、重要な貢献を果たす。
静岡県(2021)と木村(2021)は、黒色の土砂が土石流堆積物の主体としており、これは黒色の土砂が崩落しやすい性質を有していたことを示唆する。一方、北村(2021)は、黒色の土砂が海の堆積物を含むことを明らかにした。海の堆積物は波や流れで、粒子が円磨しており、そのために空隙率が高く(高含水率(36%; 北村・池田、 2021)を保持)、内部摩擦角が小さく、安息角は低角という特徴を有する可能性があり、これらの特徴は、斜面崩壊・ 流動化しやすい性状である。したがって、このような性状を持つ黒色の土砂の大量盛土が、伊豆山地区の土石流の発生原因の一つに挙げられる。
今回の調査では、黒色の土砂のトレーサー物質としてチャート岩片が有効であることが分かった。したがって、伊豆周辺の盛土でボーリング掘削を行い、その土砂のチャート岩片の有無から「黒色の土砂」の有無を調べることで、盛土の災害危険性を評価できる。

用語説明
・チャートとは、二酸化ケイ素(SiO2)を主成分とする硬く緻密な岩石で、火打ち石などに用いられる。日本各地の基盤岩に多く含まれるが、熱海市には分布しない(図6)。チャートに含まれるコノドントや海洋プランクトンである放散虫等の微化石の種類、また、特殊な海洋環境でしか形成しない鉱物から地質時代を推定できる。

 図1 :熱海市伊豆山地区の土石流の流路と試料採取地点と地質。北村(2022)を一部改変。 a-d:土石流の流路と試料採取地点。No.1-8は静岡県(2021b)の試料採取地点。画像は地理院地図(2021)を使用。

図1:熱海市伊豆山地区の土石流の流路と試料採取地点と地質。北村(2022)を一部改変。 a-d:土石流の流路と試料採取地点。No.1-8は静岡県(2021b)の試料採取地点。画像は地理院地図(2021)を使用。

 図2 :逢初川崩壊箇所付近の縦断面図(縦横比1:1) 木村(2021)

図2:逢初川崩壊箇所付近の縦断面図(縦横比1:1) 木村(2021)

 図3 :放散虫を含むチャート岩片の写真。

図3:放散虫を含むチャート岩片の写真。

 図4 :地点A2の土石流堆積物から産した0.50-4.00 mmサイズの灰色チャートのSEM-EDS分析の結果。菱形粒子の結果。

図4:地点A2の土石流堆積物から産した0.50-4.00 mmサイズの灰色チャートのSEM-EDS分析の結果。菱形粒子の結果。

 図5 :国際年代層序表  http://www.geosociety.jp/name/content0062.html

図5:国際年代層序表 http://www.geosociety.jp/name/content0062.html

 図6 :日本の地質区分。但し、琉球列島を除く。Wallis et al. (2020)を改変。中生代のチャートは熱海周辺には分布していない。

図6:日本の地質区分。但し、琉球列島を除く。Wallis et al. (2020)を改変。中生代のチャートは熱海周辺には分布していない。

【引用文献】
・地理院地図(2021) https://www.gsi.go.jp/tizukutyu.html 2021年7月4日引用.
・北村晃寿(2022), 静岡県熱海市伊豆山地区の土砂災害現場の盛土の崩壊斜面と土石流堆積物から見つかった海生二枚貝の貝殻.第四紀研究,61(印刷中), doi:10.4116/jaqua.61.2114
・北村晃寿・池田昌之(2021), 2021年7月3日に静岡県熱海市伊豆山地区で発生した土石流の速報.  静岡大学地球科学研究報告, 48, 63–71.
・木村克己(2021), 熱海市の逢初川土石流災害の地形・地質的背景.深田地質研究所年報,No. 22,185–202.
・国土地理院(2021), 崩壊地等分布図及び土砂堆積範囲図(7月6日第3報公開) https://www.gsi.go.jp/BOUSAI/R3_0701_heavyrain.html#4 2021年7月8日にダウンロード
・静岡県(2021a), 難波副知事記者会見 令和3年7月8日 https://www.youtube.com/watch?v=ihq8hpwGA0w 2021年7月9日引用.
・静岡県(2021b), 熱海市伊豆山地区土石流土質調査結果(速報)  http://www.pref.shizuoka.jp/kensetsu/ke350/sabouka/documents/doshitucyousakekka.pdf  2021年9月9日引用.
・産業総合研究所地質調査総合センター (2021)の地質図 Navi. https://gbank.gsj.jp/geonavi/#disclaimer 2021年10月6日引用.
・Wallis, S.R., Yamaoka, K., Mori. H., Ishiwatari, A., Miyazaki, K. & Ueda, H. (2020), The basement geology of Japan from A to Z. Island Arc, 29, e12339, doi:10.1111/iar.12339

【各研究機関の役割】
各研究機関の役割は以下の通りです。
・静岡大学:試料採取,粒度組成,砂粒子の鉱物種・岩石種の同定,薄片作成, 全体総括,論文執筆.
・原子力機構:泥粒子の主要・微量元素分析,論文執筆.
・ふじのくに地球環境史ミュージアム:泥粒子の有機炭素, 窒素, 硫黄分析.
・愛媛大学:放散虫化石の同定,論文執筆.
・東京大学:チャート中の微粒子の分析,鉱物組成の分析,論文執筆.

申込み方法・問い合わせ先:

静岡大学理学部地球科学科・防災総合センター
北村 晃寿                             
TEL:054-238-4798
E-mail:kitamura.akihisa[at]shizuoka.ac.jp
※[at]を@に変更してご利用ください。

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