静岡県熱海市逢初川源頭部の東側地点の盛土に関する調査速報

2022/06/03
プレスリリース

2021年7月3日午前10時30分頃,熱海市伊豆山地区の逢初川沿いで土石流が発生し,伊豆山港に至り相模湾へ流入した.その後の静岡県の調査で,逢初川源頭部にあった盛土が崩落していたことが判明した.また,静岡県は盛土には,褐色の土砂と黒色の土砂があり,褐色の土砂は現地周辺のものに似るが,黒色の土砂は,他所から搬入された土砂と推測した.

第一著者の北村は2022年3月30日と5月2日に源頭部東側で盛土を採取した.この箇所は,2022年4月30日に報じられた「崩れずに残っていながら静岡県が公表していない盛土」のうち源頭部の北東側の盛土である.試料を静岡大学とふじのくに地球環境史ミュージアムの研究グループが,粒子組成,貝類種組成,放射性セシウム濃度等を調べ,次の結果を得た.

1.泥粒子の全硫黄含有量は,黒色の土砂や土石流堆積物よりも2倍の値をとる.
2.砂粒子は,黒色の土砂や土石流堆積物よりも,石英は少なく,生物源石灰砕屑物を多く含み,黒雲母をわずかに含む.
3.黒色の土砂や土石流堆積物から未産出の海生貝類(ハマグリやイボキサゴ)を産する.


以上のことから,この盛土は,黒色の土砂と同様に,供給源の一部が沿岸堆積物だが,採取地は異なることが判明した.したがって,力学的性質が異なる可能性があり,今後の対策に十分配慮する必要がある.

この研究成果は,「静岡大学地球科学研究報告」に受理されました.
下記の日時で詳細をご説明いたしますので,取材方よろしくお願いいたします.なお,当日の説明は北村が行います.概略は添付資料をご覧ください.

日 時: 令和4年6月3日 14:00~
場 所: 静岡県庁東館10階 社会部記者室
会見者: 静岡大学・北村晃寿,山下裕輝

【論文情報】
題名:静岡県熱海市逢初川源頭部の東側地点の盛土に関する調査速報
誌名:静岡大学地球科学研究報告, 49号.
著者:北村晃寿1, 2,山下裕輝3,矢永誠人4,中西利典5,森 英樹6

1:静岡大学理学部地球科学科,2: 静岡大学防災総合センター,3: 静岡大学大学院総合科学技術研究科,4: 静岡大学理学部放射科学教育研究推進センター, 5: ふじのくに地球環境史ミュージアム, 6:静岡大学技術部教育支援系教育研究第二部門


【発表内容】
2021年7月3日午前10時30分頃,静岡県熱海市伊豆山地区の逢初川沿いで土石流が発生し,伊豆山港に至り相模湾へ流入した(図1).その後の調査で,逢初川の源頭部にあった盛土が大量に崩落していたことが判明した(静岡県, 2021a).国土地理院(2021)は,2009年と2019年の地形測量データを比較し,同期間に形成された盛土の体積量を約56,000 m3と見積もっており,そのうちの約55,500m3が崩落したと静岡県(2021a)は報告している.
静岡県の報告書を基に,木村(2021)は,盛土は三層構造で,2009年6期前の盛土層,褐色の土砂,黒色の土砂の順に重なり,2021年7月3日の崩落崖は,褐色の土砂,黒色の土砂の境界付近にあたるとした.この解釈が正しいのならば,黒色の土砂は,褐色の土砂よりも崩落しやすい性質を有していた可能性があり,これは崩落原因の一つになりうる.
北村(2021)は,未崩落の盛土の黒色の土砂と土石流堆積物から海生二枚貝類の貝殻を発見し,それら種組成と年代値から,土石流堆積物の多くを占める盛土の黒色の土砂の採集地の一部は海浜で,さらに現世堆積物と中部完新統の2つの供給源がありうることを示した.海の堆積物は波や流れで,粒子が円磨しており,そのために空隙率が高く(高含水率(36%; 北村・池田, 2021)を保持),内部摩擦角が小さく,安息角は低角という特徴を有する可能性があり,これらの特徴は,斜面崩壊・ 流動化しやすい性状である.この北村(2021)の研究結果は,黒色の土砂が,褐色の土砂よりも崩落しやすい性質を有していた可能性を支持する.

本研究では,第一著者の北村が2022年3月30日と5月2日に逢初川源頭部東側(地点E)で採取した盛土を調査対象とする(図2).ここは,2022年4月30日の静岡新聞が報じた「崩れずに残っていながら静岡県が公表していない盛土」のうち逢初川源頭部の北東側の盛土であり,未調査である.本研究グループは,粒度組成,放射性セシウム濃度,泥質物の全有機炭素,全窒素,全硫黄の含有量の測定,砂粒子の粒子組成,貝類の種同定を行ない,次の知見を得た.

1.粒度組成は,地点B1の黒色の土砂は最頻値が63 ㎛以下の泥質物(含泥率は24.5%)にあるのに対して,地点Eの土砂の最頻値は180-125㎛にあり,含泥率は18.3%であった(図3).
2.放射性セシウム濃度は,137Cs濃度は1.2 ± 0.4 Bq/kg 乾土で,134Csは検出限界未満であった(表1).
3.泥質物の全有機炭素と全窒素の含有量は地点B1とEは同じ値をとるが,全硫黄含有量は地点Eの土砂(0.29%)は地点B1(0.13%)の約2倍である(図4).地点Eの全硫黄含有量は,北村ほか(2022a)の測定した3地点の土石流堆積物(地点A2, A5, B3)や2地点S1とS2の土壌よりも高い.
4.350-500 ㎛サイズの粒子組成については,地点B1と比較すると,地点Eの土砂は石英がわずかで(1.0%),生物源石灰砕屑物を多く含み(6.0%),黒雲母をわずかに含む(1.4%)点で異なる(図5,6).
5.貝類については,地点Eの土砂はUmbonium moniliferum (イボキサゴ),Meretrix lusoria (ハマグリ)を多産し,Phacosoma japonicum (カガミガイ)などを産する(図7).前2種は地点B1の黒色の土砂からも地点B3の土石流堆積物からも見つかっていない.


以上のように,貝類種から,地点Eの土砂は,地点B1の黒色の土砂と同様に,供給源の一部が沿岸堆積物であることが判明した.沿岸堆積物は,波浪や沿岸流で砕屑粒子の円磨が進む.球粒子の安息角は複雑形状を有する粒子の安息角より小さいので,沿岸堆積物を含む黒色の土砂の安息角は,褐色の土砂のそれよりも低い可能性があり,前述の通り,黒色の土砂は褐色の土砂よりも崩落しやすい性質を有していた可能性がある.
一方,砂粒子の組成や含有する貝類種の相違から,地点Eの黒色の土砂は,静岡県(2021b)や北村ほか(2022a)の報告した黒色の土砂とは採取地が異なることが判明した.


【本研究成果の社会的意義】
今回の調査で,静岡県の未調査の盛土は,崩壊した盛土の黒色の土砂と同じ供給源の一部が沿岸堆積物であることが判明したが,採取地は異なる.したがって,既報の黒色の土砂とは異なる力学的性質を有する可能性があり,今後の静岡県の調査に有用な情報を提供する.

引用文献(受理論文)
・Adachi, K., Kajino, M., Zaizen, Y. & Igarashi, Y. (2013), Emission of spherical cesium-bearing particles from an early stage of the Fukushima nuclear accident. Scientific Report, 3, 2554.
・地理院地図(2021), https://www.gsi.go.jp/tizu-kutyu.html 2021年7月4日引用.
・北村晃寿(2021), 静岡県熱海市伊豆山地区の土砂災害現場の盛土の崩壊斜面と土石流堆積物から見つかった海生二枚貝の貝殻.第四紀研究,61(印刷中),
doi:10.4116/jaqua.61.2114.
・北村晃寿・岡嵜颯太・近藤 満・渡邊隆広・中西利典・堀 利栄・池田昌之・市村康治・中川友紀・森 英樹(2022a),静岡県熱海市伊豆山地区の土砂災害現場の盛土と土石流堆積物の地球化学・粒子組成分析.静岡大学地球科学研究報告, 49号.
・北村晃寿・矢永誠人・岡嵜颯太・片桐 悟・中西利典・森 英樹(2022b),静岡県熱海市逢初川の砂防堰堤の埋積土の放射性セシウム濃度と粒子組成の層位変化 ―2021年7月3日の土石流堆積物の識別―.静岡大学地球科学研究報告, 49号.
・木村克己(2021), 熱海市の逢初川土石流災害の地形・地質的背景.深田地質研究所年報,No. 22,185-202.
・国土地理院(2021), 崩壊地等分布図及び土砂堆積範囲図(7月6日第3報公開) https://www.gsi.go.jp/BOUSAI/R3_0701_heavyrain.html#4 2021年7月8日にダウンロード
・松島亘志(2015), 斜面崩壊・流動解析における粒子形状モデリングの意義.砂防学会誌,67,73-77.
・奥谷喬司編(2017), 日本近海産貝類図鑑 第二版. 1382 p, 東海大学出版会.
・静岡県(2021a), 難波副知事記者会見 令和3年7月8日 https://www.youtube.com/watch?v=ihq8hpwGA0w 2021年7月9日引用.
・静岡県(2021b), 熱海市伊豆山地区土石流土質調査結果(速報)  http://www.pref.shizuoka.jp/kensetsu/ke-350/sabouka/documents/doshitucyousakekka.pdf  2021年9月9日引用.
・静岡県(2021c), 2021年7月3日静岡県熱海市土砂災害動画.ドローン撮影動画1. https://www.geospatial.jp/ckan/dataset/20210703-atami-movie 2022年5月13日引用.
・静岡新聞 (2022), 熱海土石流「落ち残り盛り土」1万立方メートル存在か.朝刊,1p. 2022年4月30日.


【各研究機関の役割】
静岡大学:試料採取,粒度組成,放射性セシウム濃度の測定,砂粒子の鉱物種・岩石種の同定,薄片作成, 貝類の種同定,全体総括,論文執筆.
ふじのくに地球環境史ミュージアム:泥粒子の有機炭素, 窒素, 硫黄分析.

 図1 :熱海市伊豆山地区の土石流の流路と試料採取地点.北村(2021)を一部改変.a-b: 土石流の流路と試料採取地点.c: 逢初川源頭部の崩壊地形.画像は静岡県(2021c)を使用. d: 地点B1から見た地点E.No.1-8は静岡県(2021b)の試料採取地点.画像は地理院地図(2021)を使用.

図1:熱海市伊豆山地区の土石流の流路と試料採取地点.北村(2021)を一部改変.a-b: 土石流の流路と試料採取地点.c: 逢初川源頭部の崩壊地形.画像は静岡県(2021c)を使用. d: 地点B1から見た地点E.No.1-8は静岡県(2021b)の試料採取地点.画像は地理院地図(2021)を使用.

 図2 :地点Eの状況.

図2:地点Eの状況.

 図3 :地点B1とEの黒色の土砂の粒度組成.地点B1の粒度組成は北村ほか(2022a)から引用.

図3:地点B1とEの黒色の土砂の粒度組成.地点B1の粒度組成は北村ほか(2022a)から引用.

 図4 :各試料の泥粒子の全有機炭素量,全窒素量,全硫黄量の関係.(a) 全窒素量―全有機炭素量の散布図.(b) 全硫黄量―全有機炭素量の散布図.地点E以外のデータは北村ほか(2022a)から引用.

図4:各試料の泥粒子の全有機炭素量,全窒素量,全硫黄量の関係.(a) 全窒素量―全有機炭素量の散布図.(b) 全硫黄量―全有機炭素量の散布図.地点E以外のデータは北村ほか(2022a)から引用.

 図5 :各試料の砂粒子の組成.地点E以外のデータは北村ほか(2022a)から引用.

図5:各試料の砂粒子の組成.地点E以外のデータは北村ほか(2022a)から引用.

 図6 :地点Eの黒色の土砂中の生物源石灰砕屑物と黒雲母の薄片写真.a, bは軟体動物の硬組織の破片,c, dは棘皮動物の硬組織の破片,e, fは黒雲母.a, c, eは開放ニコルでの顕微鏡写真で,b, d, fは直交ニコルでの顕微鏡写真.

図6:地点Eの黒色の土砂中の生物源石灰砕屑物と黒雲母の薄片写真.a, bは軟体動物の硬組織の破片,c, dは棘皮動物の硬組織の破片,e, fは黒雲母.a, c, eは開放ニコルでの顕微鏡写真で,b, d, fは直交ニコルでの顕微鏡写真.

 図7 :含有する貝類の写真.スケールバーは全て1cm.a: Umbonium moniliferum (イボキサゴ),b: Zeuxis castus (ハナムシロ),c: Phacosoma japonicum (カガミガイ),d: Meretrix lusoria (ハマグリ),e: Ruditapes philippinarum (アサリ).

図7:含有する貝類の写真.スケールバーは全て1cm.a: Umbonium moniliferum (イボキサゴ),b: Zeuxis castus (ハナムシロ),c: Phacosoma japonicum (カガミガイ),d: Meretrix lusoria (ハマグリ),e: Ruditapes philippinarum (アサリ).

 表1 :各試料の泥粒子の全有機炭素量,全窒素量,全硫濃度,放射性セシウム濃度.*は北村ほか(2022a, b).**は本論文.放射性セシウム濃度のND は検出限界未満.カッコ内は検出限界値.

表1:各試料の泥粒子の全有機炭素量,全窒素量,全硫濃度,放射性セシウム濃度.*は北村ほか(2022a, b).**は本論文.放射性セシウム濃度のND は検出限界未満.カッコ内は検出限界値.

申込み方法・問い合わせ先:

静岡大学理学部地球科学科・防災総合センター
北村 晃寿                             
TEL:054-238-4798
E-mail:kitamura.akihisa[at]shizuoka.ac.jp
※[at]を@に変更してご利用ください.

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