熱海市逢初川盛土崩壊の地質的原因について
深田地質研究所,静岡大学,東京大学の研究グループが,2021年7月3日に静岡県熱海市伊豆山地区で発生した土砂災害現場の地質調査を行い,以下の結果を得ました.
崩壊した盛土の下には岩戸山から供給された土石流の堆積物(乱雑堆積物と呼称)がある.
この乱雑堆積物の下には熱水変質によって生成された粘土が広く存在している.
この粘土は,主に,地すべりを起こしやすいスメクタイトという粘土鉱物からなっている.
乱雑堆積物は,過去に2か所で局所的に地すべりを起こしていた.それは,西暦1950年を基準として,約8000年前および約700年前であったことが炭素14年代測定によって明らかになった.
崩壊地内の地形は,これら2か所の地すべりのすべり面付近からの出水を示唆している.
これらの出水が盛土崩壊の引き金となったと推定される.
この研究成果は,「静岡大学地球科学研究報告」に受理されました.
下記の日時で詳細をご説明いたしますので,取材方よろしくお願いいたします.なお,当日の説明は千木良と北村が行います.
日時:令和4年7月15日 14:00~
場所:静岡県庁東館10階 社会部記者室
会見者:深田地質研究所・千木良雅弘
静岡大学・北村晃寿
【論文情報】
題名: 熱海市逢初川盛土崩壊の地質的原因について
誌名: 静岡大学地球科学研究報告, 49号.
著者: 千木良雅弘1, 2,北村晃寿2, 3,木村克己1,市村康治4
1:公益財団法人 深田地質研究所,2:静岡大学防災総合センター,3:静岡大学理学部地球科学科,4:東京大学大学院理学系研究科技術部,
【発表内容】
2021年7月3日午前10時30分頃,静岡県熱海市伊豆山地区の逢初(あいぞめ)川上流で盛土が崩壊して土石流となって流下し,甚大な災害を引き起こした.盛土の安定性には,盛土自体の施工状況や物性とともに盛土下の地盤の地質状況が重要であるが,後者については明らかでなかった.そのため,本研究グループでは,崩壊した盛土の地盤の地質構造や地質的履歴を明らかにし,それに基づいて盛土の崩壊原因を究明するため,次のような調査を行った.
・1962年から2012年までの複数時期の空中写真判読による地形変化観察
・崩壊地内の地質調査
・崩壊地の詳細地形データを用いた地形観察
・静岡県によるボーリングコアの観察
・炭素14年代測定
・鉱物分析
その結果,次のことが明らかになった.
・崩壊した盛土個所は,西方の岩戸山から流下した土石流の堆積物(乱雑堆積物と呼称)からなる沖積錐であった(図1,2).
・人工的な地形改変は2002年に始まり,2011年には終了したが(静岡県,2022),その結果沖積錐の形態が失われた.
・盛土は,この乱雑堆積物の上に造成された.
・土石流堆積物は,安山岩が熱水変質してできた粘土(主にスメクタイトからなる)の上に堆積していた(図3).
・乱雑堆積物は盛土崩壊地内の2か所で古い地すべりを経験し,そのすべり面が露出していた(図3のS地点とF地点).
・崩壊後の崩壊地内の地形,および静岡県による水量観測結果は,これら2か所の古い地すべりの傷跡からの出水があったことを示唆しており,これが盛土崩壊の引き金になったと推定される.
【本研究成果の社会的意義】
昨年7月3日に生じた熱海市逢初川源頭部の盛土崩壊に伴う土石流は,その発生時の画像から異様に水量が多かったことが報じられてきたが,その理由は明確にはされてこなかった.
今回の調査によって,盛土の下の地盤は岩戸山からの土石流の堆積物(乱雑堆積物)であり,その下には安山岩が熱水変質してできた粘土が存在していることが明らかになった.しかも,この乱雑堆積物は過去に地すべりを起こしたものであり,そのすべり面付近の傷跡からの出水が盛土崩壊の引き金となったと推定された.
これらの知見は,地形と地質調査によって,当該箇所の地質的履歴を理解することによって明らかになったものであり,単に盛土地盤の工学的性質調査からは得ることのできないものである.本研究成果は,盛土造成の場合にも,地盤の形態や物性の調査だけでなく,当該箇所の地質的成り立ちを理解することが不可欠であることを示唆している.
【引用文献(受理論文)】
朝日航洋株式会社 (2021), 静岡県熱海市伊豆山付近の陰陽図(被災前)(CC-BY) https://www.aeroasahi.co.jp/news/detail.php?id=391 2022年4月21日にダウンロード.
Chigira, M., Tsou, C. Y., Matsushi, Y., Hiraishi, N. & Matsuzawa, M. (2013), Topographic precursors and geological structures of deep-seated catastrophic landslides caused by Typhoon Talas. Geomorphology, 201, 479–493. doi:10.1016/j.geomorph.2013.07.020
木村克己 (2021), 熱海市の逢初川土石流災害の地形・地質的背景. 深田地質研究所年報, 22, 185-202.
及川輝樹・石塚 治 (2011), 熱海地域の地質(5万分の1地質図幅東京8 第92号). 産業技術総合研究所 地質調査総合センター, 61p.
Reimer P. J., Austin W. E. N., Bard E., Bayliss A., Blackwell P., Bronk Ramsey C. et al. (2020), The IntCal20 Northern Hemisphere radiocarbon age calibration curve (0-55 cal kBP). Radiocarbon, 62(4), 725–757. doi:10.1017/RDC.2020.41
静岡県(2020), 静岡県 富士山南東部・伊豆東部 点群データ.G空間情報センター. https://www.geospatial.jp/ckan/dataset/shizuoka-2019-pointcloud.
静岡県(2021a), 第2 回逢初川土石流の発生原因調査検証委員会配布資料(1~15).11 月26日開催. http://www.pref.shizuoka.jp/kensetsu/ke-350/sabouka/r3hasseigenninncyousakennsyouiinnkai_2.html
静岡県(2021b), 2021年7月3日静岡県熱海市土石流災害ドローンレーザ計測データ.G空間情報センター. https://www.geospatial.jp/ckan/dataset/20210703-atami-dronelazer 2022年4月21日にダウンロード.
静岡県(2022),逢初川土石流の発生原因調査 中間報告書.vol. 1-7. https://www.pref.shizuoka.jp/kensetsu/ke350/sabouka/r3hasseigenninncyousakennsyouiinnkai_3.html
【各研究機関の役割】
千木良雅弘:現地調査,地質・地形の検討,論文執筆を担当.北村晃寿:試料採取,論文執筆を担当.木村克己:現地調査,論文を改善.市村康治:粘土鉱物分析を担当.
【用語説明】
・熱水変質:熱水溶液と岩石の反応によっておこる岩石あるいは鉱物の変質.(平凡社,新版地学辞典より)
・沖積錐:扇状地より小規模な,主に土石流によってできた半円錐形状の地形.(平凡社,新版地学辞典より)
図2 逢初川および鳴沢川上流の人工改変前の地形.a:1962年撮影の空中写真(国土地理院撮影,MKT-62-8X C9-8).破線は沖積錐の輪郭.c::盛土予定地付近の拡大ステレオペアと地形判読図(国土地理院撮影,MKT-62-8X C9-8,C9-9).
申込み方法・問い合わせ先:
深田地質研究所
千木良雅弘
TEL:03-3944-8010
E-mail:chigira[at]fgi.or.jp
Web:https://fukadaken.or.jp/
静岡大学理学部地球科学科・防災総合センター
北村 晃寿
TEL:054-238-4798
E-mail:kitamura.akihisa[at]shizuoka.ac.jp
※すべて[at]を@に変更してご利用ください。