簡便なアナターゼ型酸化チタンのエピタキシャル薄膜成長法の開発  -光触媒のさらなる活用・発展を目指してー

2022/09/26
プレスリリース

静岡大学創造科学技術大学院(博士課程1年)小野公輔さんと下村勝教授による研究グループは、名古屋工業大学及びペラデニヤ大学(スリランカ)との共同研究を通じて、光触媒として実用化され、今なお様々な用途での応用が期待されている「酸化チタン」に関する研究で、ソルボサーマル法によるアナターゼ型酸化チタンエピタキシャル薄膜の成長に成功しました。
酸化チタンは光触媒作用による汚染物質分解のほか、水を水素と酸素に分解することが可能です。また、ペロブスカイト太陽電池や色素増感太陽電池に利用されるなど次世代のエネルギー戦略において重要な物質といえます。しかしながら現状では光触媒的な水素発生や太陽電池の電極としての応用には多数の課題があります。
この課題解決に向けて、本研究では、適切な溶液組成による成長制御によって、本薄膜成長において報告例のなかったソルボサーマル法による薄膜作製に成功し、コストを気相法と比較して1/10以下にまで低減しました。加えて本作製法を用いてドーピングを施した薄膜を作製し、これに対してドーパント周りの構造解析を行いました。
本研究で得られた研究成果は、今後、光触媒作用等の物性とドーピングの相互関係に関する研究や光触媒作用を活かしたデバイス、太陽電池等の開発につながると期待されます。

【研究のポイント】
・これまでコストのかかる成膜法で得られていた当該薄膜を安価かつ簡便に成膜
・高温高圧下における基板の溶解抑制と薄膜成長を両立
・この薄膜を用いた基礎研究例として蛍光X線ホログラフィーによる構造解析を実施
・光触媒や各種デバイスへの応用および材料の基礎研究を促進する成果


なお、本研究成果は、Elsevier社の国際雑誌「Chemical Engineering Journal」(2022年9月1日付)オンライン版に掲載されました。

静岡大学創造科学技術大学院(博士課程1年)小野公輔(おのこうすけ):コメント
本研究では、基板の溶解抑制と目的薄膜の成長を両立させることに非常に苦心しました。
今後は構造解析データの解析を進め、光触媒作用とドーパントの関係をより明確にしていきたいと考えています。
また新規応用先も検討していきます。

【研究概要】
安価かつ簡便な薄膜作製法としてソルボサーマル法[1]を用いました。既報のソルボサーマル法による酸化チタン作製法では、塩酸が溶液全量の半分を占める溶液を用いて合成を行ってきました。しかしアナターゼ型酸化チタンのエピタキシャル薄膜[2]作製に用いられるアルミン酸ランタン(LaAlO3)単結晶基板はソルボサーマル法の高温高圧下において酸により溶解してしまいます。一方で塩酸はチタン源試薬の安定化剤として機能しており、使用量を抑えると水との反応性が高いチタン源試薬が薄膜作製前に分解してしまいます。
本研究では塩酸に変わる安定化剤としてアセチルアセトン[3]を使用することで、チタンを中心とする有機金属錯体を形成することで、チタンイオンを溶液中で安定化させ基板の溶解を抑制しつつ、ソルボサーマル法によるアナターゼ型酸化チタンのエピタキシャル薄膜の作製に成功しました。

【研究背景】
酸化チタンは光触媒[4]として実用化され、現在においてもその優れた特性を活かした様々な応用が考えられています。近年、本物質はシリコン太陽電池に変わると目されるペロブスカイト型太陽電池に用いられるなど電子材料用途での利用が増加しています。また可視光線に対して透明であり、紫外線を吸収することから身近なところでは日焼け止めに含まれています。
本物質には結晶構造[5]が複数存在しており、「ルチル型」、「アナターゼ型」、「ブルッカイト型」が代表例です。このうちルチル型のものに関しては単結晶およびエピタキシャル薄膜の作製は容易で確立された方法がありますが、アナターゼ型、ブルッカイト型については単結晶は天然物に限られ、エピタキシャル薄膜の作製法は存在するもののコストがかかります。エピタキシャル薄膜は多結晶薄膜に比べて電気的、光学的な面で利点が多く、簡便に作製できることができれば新たな応用例が生まれるほか、現在利用されている場面においても改良の余地が出てきます。また基礎研究の場面においてもエピタキシャル薄膜は多用されます。このような理由からエピタキシャル薄膜を安価に作製する方法の確立は重要です。

【研究の成果】
水、エタノール、アセチルアセトンをベースとする溶媒に、チタン源となる試薬と成長制御を目的としてフッ素化合物を加えた酸の使用量を抑えた溶液を調整しました。この溶液を用いてソルボサーマル法によるアナターゼ型酸化チタンのエピタキシャル薄膜の簡便な新規作製法を確立しました。また課題であった薄膜成長とアルミン酸ランタン単結晶基板溶解の抑制を両立しています。
さらに本手法を用いて、希土類元素[6]の一種であるエルビウムを添加した同薄膜を作製し、蛍光X線ホログラフィー[7](XFH)を行いました。XFHによりアナターゼ型酸化チタン中に導入されたエルビウム原子はチタン原子位置を置換していることが明らかになりました。アナターゼ型酸化チタンに希土類元素や遷移金属元素[8]などを添加することにより光触媒作用をはじめとする物性が変化することが多数報告されています。この結果は今後、その物性変化とドーパント[9]の関係を構造変化の観点から実験的に調査する上で先駆的な結果です。

  図1 .開発したソルボサーマル法の概略図

図1.開発したソルボサーマル法の概略図

 図2 .蛍光X線ホログラフィーによる解析結果 (a)実験、(b)シミュレーション (a)と(b)では中心の元素がエルビウムとチタンと別種の元素であるが黄色の円の位置に見える輝点の配置は一致しており、エルビウムがチタンの位置を置換していることを示す。

図2.蛍光X線ホログラフィーによる解析結果 (a)実験、(b)シミュレーション (a)と(b)では中心の元素がエルビウムとチタンと別種の元素であるが黄色の円の位置に見える輝点の配置は一致しており、エルビウムがチタンの位置を置換していることを示す。

【今後の展望と波及効果】
酸化チタンは光触媒作用による汚染物質分解のほか、水を水素と酸素に分解することが可能です。またペロブスカイト太陽電池に利用されるなど次世代のエネルギー戦略において重要な物質といえます。しかしながら現状では光触媒的な水素発生には多数の課題があります。今後は光触媒作用等の物性変化とドーパントの関係に関する構造解析的観点からの研究を進め、この課題解決に取り組んでいきたいと考えています。また酸化チタンの電子的および光学的な分野での新規応用先検討にも取り組んでいきます。

【論文情報】
・掲載誌名:Chemical Engineering Journal
・論文タイトル:Epitaxial growth of a homogeneous anatase TiO2 thin film on LaAlO3 (001) using a solvothermal method with anticorrosive ligands
・著者: 小野公輔1)、木村耕治2)、加藤達也2)、林好一2)、Rajapakse M. G. Rajapakse3)、下村勝1)
 1)静岡大学、2)名古屋工業大学、3)ペラデニヤ大学(スリランカ)
・DOI:https://doi.org/10.1016/j.cej.2022.138893

【研究助成】
本研究は日本学術振興会の学術変革領域研究「超秩序構造科学のプラットフォームの構築による総括と研究支援」(20H05878)、「先端量子ビーム手法群によるナノ・メゾスケール元素選択構造計測」(20H05881)、および基盤研究(C)「水熱合成法によるアナターゼ酸化チタン単結晶薄膜の成長メカニズムと局所構造の解明」(20K05323)の助成を受けたものです。蛍光X線ホログラフィーの測定においては公益財団法人高輝度光科学研究センター(JASRI)の承認(課題番号: 2021A1233)を受け、大型放射光施設Spring-8にてBL13XUを使用しました。

【用語説明】
[1]ソルボサーマル法
目的物質原料を含んだ溶液や固体の目的物質原料と溶媒をステンレスなど金属製の耐圧容器内に封入し、加熱することで高温高圧下での物質合成を行う手法。装置系が比較的単純であり簡便に行える。この手法の一種である水熱合成法は工業的に使用されている。

[2]エピタキシャル薄膜
薄膜を形成する下地となる単結晶基板の結晶格子(原子が規則正しく並んだ格子)の1辺の長さ、その傾きなどを引き継いで形成された薄膜のこと。エピタキシャルでない薄膜に比べて基板と薄膜の接合に優れ、電子的・光学的に有利な特性を持ちやすい。

[3]アセチルアセトン
有機溶媒の一種。別名2,4-ペンタンジオン(C5H8O2)とも。ペンタン(C5H12)骨格の2、4番目の炭素に酸素が結合している。酸素はカルボニル基(炭素と酸素が二重結合を形成した状態)として存在しており、酸素間に各種金属イオンが結合しやすい性質をもつ。

[4]光触媒
光を吸収して化学反応を起こす物質。例えば酸化チタンでは紫外線を吸収して、有機物を分解する反応などがある。光触媒自体は触媒であるので反応の前後で変化しない。代表例は酸化チタン、酸化亜鉛、酸化タングステンなど。

[5]結晶構造
物質における原子の並び方を結晶構造という。同じ物質でも原子の並び方が異なる(=結晶構造が異なる)とその性質は大きくことなることがある。代表的な例は炭素でできた「黒鉛」と「ダイヤモンド」が挙げられる。酸化チタンでは酸素とチタンの並び方が異なるものが存在する。「ルチル」「アナターゼ」「ブルッカイト」はそれぞれその並び方が異なるため、3者の間で性質が異なる。このうちルチルは最も安定で作製しやすい。他2つは高温環境において不安定で加熱を伴う物質合成法では、温度管理が重要で作製が難しい。

[6]希土類元素
ランタノイド(原子番号57から71番)などからなる元素群。エルビウムはランタノイドに含まれる。

[7]蛍光X線ホログラフィー
蛍光X線を使用して物質内部の原子配列を解析する手法。物質にX線を照射するとその物質に含まれる元素特有のX線が発生することがあり、これを「蛍光X線」と呼ぶ。

[8]遷移金属元素
元素周期表において第3族から第11族(第12族まで含めることもある)の間に存在する元素のこと。鉄や金、銀、銅が含まれる。元素周期表における族は縦の列のことを指す。

[9]ドーパント
本来その物質に含まれない元素を意図的に微量添加することをドーピングといい、添加される元素のことを「ドーパント」という。本研究では酸化チタンに本来含まれない元素であるエルビウムをドーパントとして添加している。

申込み方法・問い合わせ先:

(研究に関すること)
静岡大学創造科学技術大学院
教授・下村勝 (しもむらまさる)
TEL:053-478-1334
E-mail:shimomura.masaru[at]shizuoka.ac.jp

(報道に関すること)
静岡大学 広報・基金課
TEL:054-238-5179
E-mail:koho_all[at]adb.shizuoka.ac.jp

※全て[at]を@に変更してご利用ください。

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