高分子鎖の新しい吸着機構を発見 接着剤で自動車を組み立て、カーボンニュートラルの実現へ!

2022/10/13
プレスリリース

【ポイント】
① 接着剤で自動車を組み立てるには 、接着界面を信用できるかが鍵
② 高分子鎖が絡んで固体上に吸着することを世界で初めて可視化
③ 自動車製造時における二酸化炭素の低排出化および自動車の燃費向上に期待



【概要】
複数の軽量かつ高強度な材料を適材適所で組合せる“マルチマテリアル技術”が、グリーン成長戦略の切り札として注目されています。例えば、非鉄金属と炭素繊維複合材料の組合せは、モビリティの軽量化を実現し、省エネルギー化によるカーボンニュートラルに貢献できます。マルチマテリアル化を推進するためには、従来の接合技術を超えた信頼性のある接着技術の構築が必要です。また、接着技術の革新は燃費だけでなく、組立工程からリサイクル工程まで変革しうることから、モビリティライフサイクルにおける環境負荷の低減にも多く貢献します。しかしながら、これまで、接着剤の構成成分である高分子が被着体上でどのように界面を形成しくっついていくのかわからず、その本質的なメカニズムが未解明となっておりました。本研究では、高分子の異種材料表面への吸着挙動、ならびに、これを起点とする界面層の形成を世界で初めて視覚的に解明し、接着界面の新しい形成機構を明らかにしました。

盛満 裕真 助教(九州大学)、松野 寿生 准教授(九州大学)、織田 ゆか里 准教授(静岡大学)、山本 智 教授(九州大学)、田中 敬二 主幹教授(九州大学)らの研究グループは、原子間力顕微鏡(AFM)観察に基づき、長さの異なるデオキシリボ核酸(DNA)の固体材料上への吸着過程を解析しました。その結果、高分子鎖が長くなると、複数分子が隣り合って“協同的に吸着”すること、また、協同吸着は空きスペースを縫う“橋掛け吸着”を誘引し、吸着層形成を促進することを見出しました。さらには、吸着層に用いる高分子の長さを変えるだけで、高分子系複合材料の強靭化を実現することに成功しました。

本成果は、異種マテリアル界面を自在に操る革新的接着技術の導出に向けた重要な知見であり、ひいては、カーボンニュートラルの実現に大きく貢献することが期待されます。

本研究の一部は、科学技術振興機構(JST)未来社会創造事業、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業、ならびに、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)ムーンショット型研究開発事業の支援を受けて実施されました。本研究成果は米国科学雑誌「Science Advances」オンライン版に2022年10月13日(木)午前3時(日本時間)に掲載されます。

【研究の背景と経緯】
近年、特性の異なる複数の材料を適材適所で組合せるマルチマテリアル化が、グリーン成長戦略の切り札として注目されています。例えば、高分子とアルミ合金のような軽量素材の組合せは、動力を必要とするモビリティやロボットの軽量化を実現し、省エネルギー化によるカーボンニュートラルに貢献できます。丈夫で高い信頼性を有するマルチマテリアルの創製には、高分子と異種材料との界面層を精密に設計し制御することが鍵となります。

固体表面への高分子鎖の吸着は、高分子科学分野において1960年代から着目されてきた物理現象です。吸着が進むにつれて固体との間に形成される(高分子/固体)界面層の構造は、バルク(※1)のそれとは著しく異なります。このことは、マルチマテリアルの強度を左右する重要な因子の一つと考えられていますが、その全容は明らかになっていませんでした。ひも状である高分子鎖は、低分子化合物とは異なり内部自由度が大きく、各セグメント(※2)が個々に吸着することで、様々な吸着形態をとる特徴があります。図1は、吸着形態として提唱されているトレイン・ループ・テールモデル(※3)の模式図です。一本のひも中に吸着したセグメント(トレイン)とそうでないセグメント(ループ/テール)が混在しています。近年の界面選択的分光法を駆使した研究により、分子鎖の局所コンフォメーション(※4)については、このモデルを強く支持する結果が得られています。一方、高分子鎖“全体”の吸着形態、また、それがどのように界面層の形成に寄与するかについては長らくわかっておらず、解明が望まれていました。


【研究の内容と成果】
今回、盛満 裕真 助教(九州大学)、松野 寿生 准教授(九州大学)、織田 ゆか里 准教授(静岡大学)、山本 智 教授(九州大学)、田中 敬二 主幹教授(九州大学)の研究グループは、原子間力顕微鏡(AFM)観察と粗視化分子動力学(CGMD)シミュレーションに基づく検討を実施しました。試料として、バイオ由来高分子の一種であるデオキシリボ核酸(DNA)、ならびに、汎用高分子であるポリメタクリル酸メチル(PMMA)を用いることで、ひも状高分子鎖の固体表面への吸着機構、ならびに、界面層の形成機構を視覚的に明らかにすることに初めて成功しました。さらには、この界面層を変調するだけで、DNAとフィラー(※5)からなるバイオ複合フィルムの力学強度を制御できることを実証しました。

図2は、固体モデルとして原子レベルで平滑なマイカを用い、長さの異なるDNA溶液を30分接触させた後に観察したAFM像です。短い鎖の場合、鎖が独立してランダムな位置に吸着していることが分かります。一方、長い鎖の場合、周辺に空きスペースが多くあるにもかかわらず、鎖同士が隣り合って吸着することが分かります。

図3は、今回、明らかにした高分子の吸着過程を模式的に示した図です。水色のひもは、溶液中の高分子(自由鎖)を示しています。高分子鎖が短い場合、部分的に吸着(濃青色:吸着したセグメント、黄緑色:溶液に漂っているセグメント)した状態(1)を経た後、一分子単独で吸着した状態(2’)に至る傾向があります。一方、高分子鎖が長い場合、部分吸着鎖が溶液中を漂う別の自由鎖を引掛けるため(2)、結果的に、複数分子が隣り合って吸着した状態(3)に至る傾向があることがわかりました。この“協同吸着”機構は、鎖長依存的であり、より長い鎖で起こりやすいことは、CGMDシミュレーションによっても支持されました。

図4は、吸着層形成過程を観察したAFM像です。本過程においても鎖の長さの効果が顕著に現れました。短い鎖の場合、吸着層はゆっくり形成されるのに対し、長い鎖の場合、吸着層は比較的速く形成することが明らかになりました。これは、長い鎖の場合、協同吸着機構による吸着速度の増加に加えて、既に吸着した鎖間の未吸着スペースを“橋掛け”する吸着機構が存在すると考えることで説明できます。短い鎖の場合は、この“橋掛け吸着”の発生頻度が低いと考えられます。吸着層形成機構の差異は、長い鎖からなる吸着層には多くのループ構造を、短い鎖からなる吸着層には密なトレイン構造をもたらします。

このようなナノスケールの現象に基づき形成される吸着層の構造の違いが、DNAとシリカフィラーからなるバイオ複合フィルムの力学特性に反映されることを実証しました。図5は、(DNA/シリカ)複合フィルムの引張特性を示す応力‒ひずみ曲線です。長いDNA鎖から調製し、表面に多くのループ構造を有するフィラー粒子を添加したフィルム(赤)は、短い鎖からなるそれ(青)と比較してよく伸びることが分かります。すなわち、僅か数ナノメートルの吸着層の精密設計に基づき、複合材料のマクロスケールの力学特性の制御を達成しました。

図1 トレイン・ループ・テールモデル

図1 トレイン・ループ・テールモデル

図2 協同吸着機構の有無を示すAFM像

図2 協同吸着機構の有無を示すAFM像

図3 固体界面における高分子吸着過程

図3 固体界面における高分子吸着過程

図4 吸着層形成過程を示すAFM像

図4 吸着層形成過程を示すAFM像

図5 複合フィルムの引張特性

図5 複合フィルムの引張特性

【今後の展開】
本成果は、マルチマテリアルの接着部(界面)に存在する高分子鎖の構造特異性の変調を基盤とする革新的接着技術の創出に向けた重要な知見です。これらの情報を材料設計にフィードバックすることで、従来の接着技術では実現できなかった高分子マルチマテリアルの強靭化など力学特性の向上も可能となります。軽くて強い高分子マルチマテリアルは、例えば、次世代モビリティ(※6)に展開することで、Society 5.0の未来社会実現に貢献することが期待されます。また、バイオ由来高分子の構造材料への展開は、役目を終えたデバイスの解体に際し、容易に土にまで還せる利点が生まれます。環境に優しい高分子マルチマテリアルの創出は、SDGsの達成に向けて大きく貢献することが期待されます。


【用語解説】
(※1) バルク
高分子凝集体の内部に存在する高分子鎖を指しています。表面や異種界面に存在する高分子鎖と比較する際に用いられます。

(※2) セグメント
分子鎖の空間的な広がりなどを考える際に統計的に一つのベクトルと考え得る程度の長さを指しています。

(※3) トレイン・ループ・テールモデル
図1に示すような高分子吸着鎖のモデルを指しています。トレインは固体に吸着したセグメントを指します。ループおよびテールは、固体に吸着していないトレイン間および末端のセグメントを指します。

(※4) コンフォメーション
空間配座とも言われ、結合周りの回転によって取り得る分子鎖の形態のことを指します。

(※5) フィラー
ここでは高分子材料に添加する、高分子材料以外の固体充填剤を指しています。一般に力学特性向上や機能特性付与・向上を目的として添加されます。

(※6) 次世代モビリティ
英語の”mobility”を日本語訳すると「移動性」となりますが、広義には自動運転車、空飛ぶ自動車など、「未来の移動手段」のことを指しており、その部材には、さらなる軽量化と強靱化が求められます。


【謝辞】
本研究は、科学技術振興機構(JST)未来社会創造事業(JPMJMI18A2)、JSPS科研費 (JP20H02790, JP18H02037)、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)ムーンショット型研究開発事業(JPNP18016)の助成を受けたものです。


【論文情報】
◇ 掲載誌:Science Advances
◇ タイトル:Direct visualization of cooperative adsorption of a string-like molecule onto a solid
◇ 著者名:Yuma Morimitsu, Hisao Matsuno, Yukari Oda, Satoru Yamamoto, Keiji Tanaka
◇ DOI:10.1126/sciadv.abn6349

申込み方法・問い合わせ先:

【お問合せ先】
<研究に関すること>
九州大学 大学院工学研究院/次世代接着技術研究センター 主幹教授 田中敬二
TEL:092-802-2878 FAX:092-802-2880
Mail:k-tanaka[at]cstf.kyushu-u.ac.jp

<JST事業に関すること>
科学技術振興機構 未来創造研究開発推進部 小泉輝武
TEL:03-6272-4004 FAX:03-6268-9412
Mail:kaikaku_mirai[at]jst.go.jp

<NEDO事業に関すること>
新エネルギー・産業技術総合開発機構 材料・ナノテクノロジー部バイオエコノミー推進室 原田俊宏
TEL:044-520-5220 FAX:044-520-5223
Mail:moonshot-office[at]nedo.go.jp

<報道に関すること>
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