地下深部からも流れ出る富士山の湧水 ヘリウム同位体、バナジウム、微生物DNA を駆使した新たな地下水へのアプローチに成功

2023/05/23
プレスリリース

静岡大学理学部 の 加藤 憲二 名誉教授らの研究グループは、スイスバーゼル大学 Schilling 教授 らと 富士山が涵養する地下水流動について、深部由来の寄与を明らかにしました。

【研究のポイント】

・富士山は「川のない山」と言われますが、それは富士山に降った雨雪が地下に浸透して地下水になるためで、その量は日量400万トンに達するとも推測されています。

・この膨大な量を誇る富士山麓の地下水は、山体を覆う溶岩流に蓄えられて流出するとこれまで考えられてきました。

・それに対して、私たちは、ヘリウム同位体(スイスチーム)、バナジウム(宗林准教授)、そして微生物DNA(加藤チーム)の三つの「追跡アイテム」(トレーサー)を駆使して、富士山東南麓の地下水を対象に、溶岩流の下の古富士層からも地下水が流れ出ていることを見出しました。

・種類が異なる複数のトレーサーを組み合わせた私たちの手法は、富士山以外の火山の地下水の流路の解析や、地球内部の活動の変化の検出にも役立てられると考えられます。


地下水動態の研究に個別に用いられてきた地球化学的手法に現場での希ガス測定を加え、さらに微生物DNAをトレーサーとする手法を重ね合わせ、富士山東南麓の地下水を対象に地下深部からの水の流出を明らかにしました。
とりわけ、極めて貴重な陸域に見られるプレート3重点に重なる富士川断層沿いに掘られた550mの深井戸からは地下深部からの循環が顕著となりました。

地球環境が変動する中、水資源の確保(東京圏では防災対策を主眼に国レベルでの地下水資源研究が進められている)や土砂災害に結びつく地下水の動態に関する知見の収集は必要度を増しています。本研究の成果は研究手法の確立という点で、地下水研究を社会実装する科学技術の進展につながると期待されます。

なお、本研究成果はNature Geoscience誌に採択され、Springer Nature社から新しく発刊された国際雑誌Nature Waterに2023年1月19日にOnline掲載されました。
また、本研究は、1月26日発行のNature Vol.613 のNews & views(p.632-633)とその和文誌ネーチャーダイジェスト2023年4月号で紹介されました。


【研究者コメント】

静岡大学理学部 名誉教授 加藤憲二


「(すぐに)役立つ」ことが研究の、特に予算配分において過度に求められているが、自然に素直に向き合う研究がこれ以上損なわれないことを切望しています。

【研究概要】

富士山が涵養する大量の地下水は古富士層をおおう溶岩流に蓄えられていると考えられてきました。
私たちは、ヘリウム同位体、並びにバナジウムの分析と微生物DNA解析の三つのトレーサーを用いて地下深部から表層に向かうの地下水の流れを明らかにしました。


【研究背景】

加藤らは富士山麓地下水に含まれる微生物DNAの解析に10年来取り組み、採水された地下水や湧水の水温(12−15℃)では増殖できず、増殖には40℃以上の環境を必要とする好熱性の細菌がさまざまな地点から見出されることを報告しました。
このことは、100-150m程度の溶岩流のもつ深度では得られない、より深部の高温環境からも地下水が流れ出てくるのではないかと推測しました(Segawa et al.Geomicrobiology Journal,2015, 10.1080/01490451.2014.991811)。
また200mmを超える豪雨は、急激な地下浸透が遮られ、地表近くを流出することを富士山南麓で微生物DNA解析から確認しました(Sugiyama et al. Biogeosciences, 2018, https://doi.org/10.5194/bg-15-721-2018)。
このように今まで用いられたことのない微生物DNA情報が、地下水流動の解明に役立つことがわかり始めました。
本論文筆頭著者のSchilling教授は、早くから私たちの研究に関心を示し、彼らが得意とする現場での希ガス測定など地球化学的手法に微生物DNA解析を加えて、富士山麓を対象に地下水流動研究に取り組むこととなりました。


【研究の成果】

地下水動態の研究に個別に持ちられてきた地球化学的手法に現場での希ガス測定を加え、さらに微生物DNAをトレーサーとする手法を重ね合わせ、富士山東南麓の地下水を対象に地下深部からの水の流出を明らかにしました。
とりわけ、極めて貴重な、陸域に見られるプレート3重点に重なる富士川断層沿いに掘られた550mの深井戸からは地下深部からの循環が顕著となりました。


【今後の展望と波及効果】

地球環境が変動する中、水資源の確保(東京圏では防災対策を主眼に国レベルでの地下水資源研究が進められている)や土砂災害に結びつく地下水の動態に関する知見の収集は必要度を増しています。
本研究の成果は研究手法の確立という点で地下水を社会実装する科学技術の進展ににつながると期待されます。


【論文情報】

◆ 掲載誌名:Nature Water, Vol.1,1.

◆ 論文タイトル:Revisiting Mt Fuji’s groundwater origins with helium, vanadium and environmental DNA tracers

◆ 著者:O. S. Schilling 1,2,3 , K. Nagaosa4, T. U. Schilling5, M. S. Brennwald2, R. Sohrin4, Y. Tomonaga 1,2,6, P. Brunner 3, R. Kipfer2,7 & K. Kato4
1:Hydrogeology, Department of Environmental Sciences, University of Basel, Basel, Switzerland
2:Department Water Resources and Drinking Water,Eawag–Swiss Federal Institute of Aquatic Science and Technology, Dübendorf, Switzerland
3:Centre for Hydrogeology and Geothermics, Université de Neuchâtel, Neuchâtel, Switzerland
4:Department of Geosciences, Shizuoka University, Shizuoka, Japan
5:Department of Geology and Geological Engineering, Université Laval, Quebec, Quebec, Canada
6:Institute of Biogeochemistryand Pollutant Dynamics and Institute of Geochemistry and Petrology, Swiss Federal Institute of Technology Zurich (ETHZ), Zurich, Switzerland

◆ DOI:https://doi.org/10.1038/s44221-022-00001-4


【研究助成】

国土交通省 河川砂防技術開発公募研究 2020-


【用語説明】

トレーサーについて
ヘリウムの濃度やその同位体比(3He/4He)は地殻活動の強さやマントル由来の寄与を示唆します(本文参照)。
またバナジウムは地殻下部や特にマントルからの供給を示唆する考えられています(Huang et al. (2015) Chemical Geology, 417, 68-89)。
微生物DNAについては上述していますが、特にアーキアの仲間が地下深部環境の指標となることが考えられます。

申込み方法・問い合わせ先:

(研究に関すること)
静岡大学理学部
名誉教授・特任教授 加藤憲二
TEL :054-238-4950
E-mail : kato.kenji[at]shizuoka.ac.jp

(報道に関すること)
静岡大学 広報・基金課
TEL : 054-238-5179
E-mail : koho_all[at]adb.shizuoka.ac.jp

※全て[at]は@に変更してご利用ください。

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