昆虫を殺菌剤でコントロール:共生細菌を狙い撃つ新しい害虫防除法を開発
昆虫を殺菌剤でコントロール:共生細菌を狙い撃つ新しい害虫防除法
共生細菌をターゲットにして昆虫の繁殖を抑える新規害虫防除手法を開発
-“メスだけの世界”を壊して個体数を減らす、新しい防除戦略-
岐阜大学大学院連合農学研究科 大畑 裕太 特別協力研究員と静岡大学農学部 田上 陽介 准教授の研究チームは、昆虫の体内にいる 共生細菌 を標的にして害虫の繁殖を抑える新しい方法を開発しました。
害虫の中には、栄養や繁殖をその体内に棲む(細胞内)共生細菌に支えられているものが多く存在します。
野菜・花卉類の害虫として問題となっているクリバネアザミウマは、その繁殖を共生細菌に依存しているため、共生細菌を除去することで、子孫を残すことができなくなります。
本研究では、その仕組みを利用し、抗菌剤の散布によってクリバネアザミウマの共生細菌(ボルバキア)を効果的に減少させ、害虫の個体群を効果的に小さくすることに成功しました。
この新しい害虫防除手法は、圃場環境に生息する天敵や、花粉媒介昆虫に影響を与えず、ターゲットとなる害虫のみを特異的に駆除し、生態系に優しく、持続可能な防除法となることが期待されます。
本成果は、Frontiers in Microbiology(電子版)にて2025年6月10日に公開されました。
【研究のポイント】
1.植物病害用の殺菌剤「抗菌剤:MycoShield®」(主成分:オキシテトラサイクリン)を通常どおり散布するだけで、害虫が持つ共生細菌にも作用することを世界で初めて実証しました。
2.室内試験で抗菌剤を散布した結果、害虫の共生細菌保有率が下がり、子どものメス率が大幅に下がり、個体数が急激に縮小しました。
3.共生細菌だけを狙う「繁殖干渉型」防除は、天敵などの非標的生物への影響や薬剤抵抗性出現リスクが少なく環境にやさしい新手法として期待されます。
【研究の背景】
世界的に農業は、環境への負担を減らしながら安定して作物を作る方法へとシフトしています。
日本でも 2021 年に策定された 「みどりの食料システム戦略」 において、化学農薬リスクを 2050 年までに 50 %削減、有機農業の面積を耕地の 25 %へ拡大、という野心的な目標を掲げました。
これを受け、革新的な新規害虫防除手法が求められています。
体内に生息する共生細菌に栄養や繁殖を依存する昆虫が多く報告されています。
こういった種では、細菌を取り除くと発育不良や繁殖障害により、個体群の維持ができなくなるため、共生細菌はそういった昆虫種にとっては“急所”となります。
例えば、本研究にも使われたクリバネアザミウマやハモグリミドリヒメコバチでは共生細菌を除去すると、繁殖に必須のメスを生産できなくなります。
田上研究グループでは、昆虫の小さな協力者である共生細菌を標的にすることで 選択性が高く、抵抗性が生じにくい、環境負荷の少ない防除法が実現できると考え、本研究を進めました。
【研究の成果】
本研究では、植物病害防除に用いられる抗生物質系農薬「MycoShield(主成分オキシテトラサイクリン)」 を 「共生細菌標的型資材」 として転用し、圃場レベルで害虫の共生細菌を撹乱して個体群を自己崩壊させる新規害虫防除技術の有効性を確認しました。
解析の対象としては、植物を食害する害虫2種:クリバネアザミウマ(メス産生に共生細菌が必須:ボルバキア)、マメハモグリバエ(共生細菌:ボルバキアは特に生存に必須ではない)、および、天敵寄生蜂1種:ハモグリミドリヒメコバチ(メス産生に共生細菌が必須:ボルバキア)を用いました。
すべての試験区で、Mycoshield処理により共生細菌が失われた個体が出現するなど、高い効果が確認されました。
特にクリバネアザミウマでは徐々にメスが減少し、100日以内に絶滅した試験区も観察されました。
一方で、抗菌剤の散布によって、害虫だけでなく、その害虫を餌とする天敵寄生蜂ハモグリミドリヒメコバチにおいても、共生細菌の消失が確認されました。
天敵として利用される寄生蜂には、メスの生産を共生細菌に依存しているものも多く存在します。
ハモグリミドリヒメコバチも同様で、抗菌剤散布により、子の数が大きく減少しました。
この結果は、抗菌剤が害虫を捕食する捕食者にも影響を与えるリスクを示しています。
【今後の展望と課題】
1.薬剤の選択と改良
共生細菌にだけ強く効き、目的達成後に速やかに分解される製剤のスクリーニングが重要となります。
2.天敵との共存設計
天敵やポリネーターなど有用昆虫への影響を最小限に抑える散布時期・濃度の最適化が必要となります。
3.野外実証
圃場での長期試験を通じて総合防除(IPM)に組み込む運用モデルの確立が期待されます。
【用語説明】
共生細菌(ボルバキア / リケッチア):
昆虫などに感染し、宿主の繁殖様式を変える細菌。
本研究で対象としたのは細胞内共生細菌となる。
マメハモグリバエ:
葉の中にトンネル状の被害(潜葉)を作る農業害虫。
野菜や花卉に被害が大きい。
ハモグリミドリヒメコバチ:
ハモグリバエの幼虫に寄生することで、害虫を抑制する天敵バチ。
クリバネアザミウマ:
温室での増殖が多い害虫。
多くの植物の葉を食害する。
MycoShield®(マイコシールド):
日本曹達株式会社の販売する果樹・野菜用殺菌剤(オキシテトラサイクリンを主成分とする)
【研究プロジェクトについて】
本研究は以下の支援によって行われました。
・日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業(22K05648)
・東海国立大学機構融合フロンティア次世代リサーチャー(JPMJSP2125)
【論文情報】
タイトル:Antibiotic agrochemical treatment reduces endosymbiont infections and alters population dynamics in leafminers, thrips, and parasitoid wasps
著者:大畑裕太 Yuta Ohata, 田上陽介 Yohsuke Tagami
掲載誌: Frontiers in Microbiology
DOI:https://doi.org/10.3389/fmicb.2025.1605308
関連リンク
お問い合わせ先:
(研究に関すること)
田上 陽介(静岡大学農学部 准教授)
E-mail:tagamiy[at]shizuoka.ac.jp
(報道に関すること)
国立大学法人静岡大学 広報・基金課
TEL:054-238-5179
E-mail:koho_all[at]adb.shizuoka.ac.jp
※全て[at]を@に変更してください。