伊豆諸島全体で鳥類の多様性が過去50年の間に低下した ~一部の島に導入された捕食者の影響が海を越えて波及した可能性~

2025/06/26
プレスリリース

伊豆諸島の10島で過去50年間に本土で分布を拡大した鳥類種が島に定着する一方、ほぼ全島で鳥類の多様性が低下したことが分かりました。捕食者(二ホンイタチ)が導入された4島における鳥類群集の劣化が、複数の島を移動する鳥類の減少を通じて伊豆諸島全体に波及した可能性があります。

海洋島は大陸と一度も陸続きになったことがない島のことで、そこでは独自の生物群集が成り立っています。近年の人間活動は、海洋島の生物群集を変化させており、なかでも捕食者の人為的な導入と環境の改変が深刻な影響を与えていることが、多くの研究によって示されてきました。その一方で、海洋島を含む島の生物群集は、本土から海を越えて分散する生物の移入という自然のプロセスによっても変化します。ところが、人間活動と本土からの生物の移入の影響を統合し、海洋島の動物群集の変化を捉えた実証研究は、これまでありませんでした。

本研究では、海洋島である伊豆諸島の10島(有人島9島、無人島1島)を対象に、過去(1970~73年)と近年(2016~21年)の鳥類群集を文献調査と実地調査で調べました。その結果、本土で分布を拡大した鳥類種が近年、伊豆諸島にも定着した一方で、ほぼすべての島で鳥類の種数が減少し、鳥類群集の多様性が低下していることを発見しました。また、猛きん類が多くの島から消失しました。一方で、島単位の解析では、群集構造の変化と捕食者(ニホンイタチ)の導入や環境の改変との関係は見出せませんでした。しかし、これは必ずしもイタチの影響がなかったことを意味するわけではなく、先行研究ではイタチが導入された島で無脊椎動物、は虫類、鳥類が減少したことが示されていました。

つまり、今回明らかになった知見は、イタチが導入された島における直接の捕食や餌資源の減少に起因する鳥類群集の劣化が、複数の島を移動する鳥類の減少を通じて近隣の島に波及し、島しょ全域で鳥類群集の劣化が引き起こされた可能性を示しています。島しょの生物多様性の効果的な保全には、個々の島だけではなく、島しょ全体で保全策を構築する必要があると考えられます。


【研究代表者】

・筑波大学生命環境系 飯島 大智 助教
・国立環境研究所生物多様性領域 安藤 温子 主任研究員
・千葉大学大学院理学研究院 村上 正志 教授
・静岡大学学術院理学領域 伊藤 舜 助教
・東邦大学理学部 福田 真平 訪問研究員


【研究の背景】

海洋島 注1)は独自の生態系と固有種を有しており、生物多様性の保全上、重要な場所となっています。一方で、これら海洋島の生態系は外来種の侵入や人間による環境改変など人為的な影響に非常に脆弱です。海洋島を含め、島の生物群集の変化に着目した多くの実証研究は、人間活動によって生物群集の変化が引き起こされたことを示してきました。しかし、島の生物群集は、本土からの海を越えた生物の分散を介した移入という自然のプロセスによっても変化します。ところが、これまで島の生物群集の変化を調べた研究の多くは、島における人間活動の影響のみに焦点を当てており、本土からの移入については十分に検討されてきませんでした。

本土に近い海洋島は、本土からの生物の移入が島の生物群集の変化に与える影響を明らかにする理想的な研究場所です。そこで本研究チームは、本州から近い海洋島である伊豆諸島の島々を舞台に、本土からの生物の移入と人間活動の影響が、それぞれ海洋島の鳥類群集にどのような変化をもたらしているかを解明する研究に取り組むことにしました。


【研究内容と成果】 

本研究では、伊豆諸島のうち10島(大島、利島、新島、式根島、神津島、三宅島、御蔵島、八丈島、八丈小島、青ヶ島)における鳥類群集の変化を、1970~1973年のデータと2016~2021年のデータを比較して分析しました。

まず、各鳥類種の分布の変化が種の生態的特性や日本の本土(東京都)での分布動態とどのように関連しているのかを、統計モデルを用いて検証しました。次に、島ごとの鳥類群集について、種数や種間の生態的な機能の違い(機能構造:くちばしの形状、分散能力に関連する翼の形、利用する餌など)、進化的な系統関係(系統構造)から、その群集構造を評価しました。この際、群集を構成する種間の機能や系統が、ランダムに構築された群集と比較して似通っているか(クラスター 注2))または異なっているか(過分散 注2))を調べ、環境フィルタリング 注3)競合排除 注4)の影響を検証しました。さらに、島の地理的・地形的特徴、イタチの導入の有無、居住地や農地の面積の増加など人為的な環境改変の強度が群集構造の変化に与える影響を統計モデルを用いて検証しました。

その結果、一腹卵数 注5)が多い種や、本土で分布を拡大した種が伊豆諸島でも分布を拡大していました。その例は、シジュウカラ、キビタキ、ハクセキレイなどの種です。一方で、ほぼ全島で種数は減少し、機能的・系統的に類似した種で構成されるクラスター傾向が強まっていました。ところが、これらの群集構造の変化は、イタチの導入や人為的な環境の改変とは統計的に関連していませんでした。先行研究(高木・樋口19921); Hasegawa 19992))により、人為的に導入されたイタチは、導入された島の脊椎動物や無脊椎動物の個体数を大幅に減少させ、生態系に甚大な悪影響を及ぼしたことが示されています。それにもかかわらず、島ごとの解析で鳥類群集の変化に対するイタチの導入の影響が統計的に支持されなかった背景として、イタチによる鳥類群集の劣化はイタチが導入された4島にとどまらず、複数の島を移動する鳥類の減少を介し、隣接する島の群集の劣化をも引き起こしていた可能性が考えられます。

実際に、イタチと餌を巡る競争関係にある猛きん類などの鳥類種は、イタチが導入された島に限らず多くの島で消失していました。また、伊豆諸島内の土地利用は過去50年間で大きく変化しておらず、1986年の大島と2000年の三宅島の噴火の影響も顕著ではありませんでした。

以上の成果は、人為的に導入された捕食者による鳥類群集の劣化は、個々の島だけではなく、複数の島を移動する鳥類の減少を通じて広がる負の「越境的な生物多様性効果(Transboundary biodiversity effect)」として現れ、島しょ全体の鳥類群集を劣化させている可能性を示しています。


【今後の展開】

本研究により、本土から多くの鳥類種が島に移入し、多様性を高め得ると考えられるにもかかわらず、伊豆諸島全体で鳥類群集が劣化していることが分かりました。また、その理由として、捕食者(ニホンイタチ)が導入された島における鳥類群集の劣化の影響が、複数の島を移動する鳥類の減少を通じて島しょ全体に波及する可能性を示しました。今後は、島しょ全体を視野に入れた包括的な保全戦略を立案し、島しょの生物多様性の効果的な保全を実現していく必要があります。さらに、島間のネットワークを通じて広がる影響を理解することは、生物多様性保全の鍵となるだけでなく、島しょの生物群集の成り立ちを解明する重要なヒントになることを示しており、さらなる生態学的な研究の進展が期待されます。


【参考図】

図1.本研究の発見の概要図  さまざまな鳥類種の本土からの移入が引き起こされているにもかかわらず、伊豆諸島に成り立つ鳥類群集の多様性は低下していた。その理由として、捕食者(ニホンイタチ)が導入された島における鳥類群集の劣化が、複数の島を移動する鳥類の減少を通じて島しょ全体に波及した可能性が考えられる。

図1.本研究の発見の概要図
さまざまな鳥類種の本土からの移入が引き起こされているにもかかわらず、伊豆諸島に成り立つ鳥類群集の多様性は低下していた。その理由として、捕食者(ニホンイタチ)が導入された島における鳥類群集の劣化が、複数の島を移動する鳥類の減少を通じて島しょ全体に波及した可能性が考えられる。

図2.調査地の概要  伊豆諸島の10島を対象とした。4島(利島、三宅島、八丈島、青ヶ島)に、ネズミの駆除を目的としてニホンイタチが人為的に導入されている。大島のニホンイタチは在来だと考えられており、島本来の生態系の頂点捕食者である。八丈小島は1969年以降、無人島である。

図2.調査地の概要
伊豆諸島の10島を対象とした。4島(利島、三宅島、八丈島、青ヶ島)に、ネズミの駆除を目的としてニホンイタチが人為的に導入されている。大島のニホンイタチは在来だと考えられており、島本来の生態系の頂点捕食者である。八丈小島は1969年以降、無人島である。

図3.島ごとの種数、機能構造、系統構造の1970–73年(白丸)から2016–21年(黒丸)の変化  島ごとに過去から近年にかけた群集の変化が矢印で結ばれている。機能構造と系統構造は、縦軸が0以上であれば過分散、0以下であればクラスターを示す。横軸は、統計解析において重要だとされた変数(PC1-GEO:島の大きさ, PC2-GEO:島の距離を指標とした本土とのつながりの強さ)を示している。

図3.島ごとの種数、機能構造、系統構造の1970–73年(白丸)から2016–21年(黒丸)の変化
島ごとに過去から近年にかけた群集の変化が矢印で結ばれている。機能構造と系統構造は、縦軸が0以上であれば過分散、0以下であればクラスターを示す。横軸は、統計解析において重要だとされた変数(PC1-GEO:島の大きさ, PC2-GEO:島の距離を指標とした本土とのつながりの強さ)を示している。

【参考文献】
 
1)高木昌興・樋口広芳(1992)伊豆諸島三宅島におけるアカコッコTurdus celaenopsの環境選好とイタチ放獣の影響. Strix 11: 47–57.
2)Hasegawa Masami (1999) Impacts of the introduced weasel on the insular food webs. In Hidetoshi Ota (Ed.), Tropical island herpetofauna: Origin, current diversity, and conservation (pp. 129–154). Elsevier.
 

【用語解説】

注1)海洋島
大陸と地続きになったことがない火山や隆起によって形成された島。

注2)クラスターと過分散
群集構成種間の形質(機能)や系統が、種の構成をランダマイズした群集と比較して、実際に記録された群集で似通っている場合が「クラスター」、異なっている場合が「過分散」である。

注3)環境フィルタリング
環境に適合する特性を持つ種のみが群集中に定着・存続しやすくなる現象で、類似した特性の種が群集内に多くなる傾向がある。

注4)競争排除
類似した特性を持つ種間の競争により、群集中から競争力の低い種が排除される現象。異なる特性を持つ種が群集中に多くなる傾向がある。

注5)一腹卵数
1回の営巣で巣内に産みこまれる卵の数


【研究資金】

本研究は、公益財団法人自然保護助成基金第27期プロ・ナトゥーラ・ファンド助成(特定テーマ助成11)、学術系クラウドファンディングAcademist(プロジェクトID: 220)および日本学術振興会 科学研究費助成事業(23KJ1792)の助成を受けて実施されました。


【掲載論文】

【題名】 Ongoing collapse of avifauna in temperate oceanic islands close to the mainland in the Anthropocene.(人新世における大陸に近い海洋島しょで進行中の鳥類相の崩壊)
【著者名】 D. Iijima, H. Ando, T, Inoue, M. Murakami, S. Ito, S. Fukuda, N.J. Sato
【掲載誌】 Journal of Animal Ecology
【掲載日】 2025年6月26日
【DOI】 10.1111/1365-2656.70070

問い合わせ先:

【研究に関すること】
飯島 大智(いいじま だいち)
筑波大学生命環境系 助教
URL:https://trios.tsukuba.ac.jp/researcher/0000005010

【取材・報道に関すること】
筑波大学広報局
TEL:029-853-2040
E-mail:kohositu[at]un.tsukuba.ac.jp

国立研究開発法人国立環境研究所 企画部広報室
E-mail:kouhou0[at]nies.go.jp

千葉⼤学 広報室
TEL:043-290-2018
E-mail:koho-press[at]chiba-u.jp

静岡大学 総務部広報・基金課
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学校法人東邦大学 法人本部経営企画部
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