CO 2 と可視光でβ-アミノ酸を合成する新反応を開発 〜計算科学のサポートに基づく環境調和型合成法を実現〜

2025/07/10
プレスリリース

【研究のポイント】

・酸化還元反応におけるポテンシャル交差点を計算し、これを新反応開発に応⽤。
・⻘⾊LED 照射下、光電⼦移動触媒を使⽤するのみで、添加剤を加えることなく⾼収率を実現。
・ウルトラファインバブル発⽣装置を⽤いた気液フロー合成によりわずか3 分で⾼収率を実現。

【概要】

北海道⼤学総合イノベーション創発機構化学反応創成研究拠点(WPI-ICReDD)の美多 剛教授、前⽥ 理教授らの研究グループは、量⼦化学計算*1を活⽤することで⼆酸化炭素(CO2)を⽤いた新しいβ-アミノ酸*2の合成法を設計し、実際の化学合成によりその合成法を実証しました。さらに、静岡⼤学グリーン科学技術研究所の間瀬暢之教授の研究グループとの共同研究により、この反応を気液フロー合成へと発展させ、連続的かつ⾼効率なβ-アミノ酸合成を実現しました。

β-アミノ酸は、医薬品や⼈⼯ペプチドの研究において重要な構造単位ですが、カーボンニュートラルを⾒据えたCO₂を直接原料とする反応の開発は、依然として発展途上にあります。本研究では、光電⼦移動触媒*3の存在下、⻘⾊LED 照射を⽤いることで、アミノアルケンとCO2から温和な条件下でβ-アミノ酸誘導体を与える新反応を発⾒しました。

本反応の開発は、量⼦化学計算を基盤とした反応設計によって進めました。特に、光電⼦移動触媒であるイリジウム錯体による酸化*4還元*5過程を計算的に扱うため、原渕 祐特任教授、前⽥教授らがこれまでに提案した「エネルギーシフト法*6を活⽤した電⼦移動経路に対する解析技術」を⽤いました。この⼿法により、通常は⾼コストとなる電⼦移動過程を、現実的な計算負荷で扱うことが可能となり、反応機構の定量的な解析に寄与しました。本計算では、基質であるアミノアルケンから⽣じる中間体のラジカル*7が、CO2と反応してβ-アミノ酸へと変換される⼀連の過程を対象としました。中でも、CO2の付加と⼀電⼦還元が協奏的に進⾏するカルボキシル化反応*8に注⽬し、このプロセスが⽣じる電⼦状態の交差シーム*9上において最適化計算を⾏いました。ラジカル状態とアニオン*10状態という異なるポテンシャルエネルギー曲⾯が交差する領域(ポテンシャル交差点)を明⽰的に探索することで、電⼦移動*11と化学結合形成が同時に進⾏し、β-アミノ酸が⽣成しうることが⽰唆されました。

この計算結果に基づき光電⼦移動触媒存在下、⻘⾊LED 照射により反応を実施したところ、アミノアルケンとCO2からβ-アミノ酸誘導体が得られました。さらに、この合成反応をフロー合成に応⽤するにあたり、静岡⼤学・間瀬研究室で開発された「ウルトラファインバブル*12発⽣装置」を活⽤しました。この装置では⾼圧下で液体中に気体を溶解させ、その圧⼒を急激に解放することで⽣成される微細な気泡(粒径1 μm 未満)により、CO2の供給効率が⼤幅に向上しました。この技術を⽤いた気液フロー合成では、反応時間約3分で⾼収率を実現しており、持続可能な連続合成法として⾼い応⽤性が期待されます。

本研究成果は、2025年7月4日(金)公開のACS Catalysis誌(オープンアクセス)にオンライン掲載されました。


【背景】

β-アミノ酸は、医薬品や⼈⼯ペプチドの研究において重要な構造単位です。そのカルボン酸部位を、無尽蔵で低毒性、安価、かつ再⽣可能な炭素資源であるCO2から合成できれば、カーボンニュートラルを実現する上でも極めて魅⼒的な⼿法となります。しかし、CO2を原料とする合成法の開発は、依然として発展途上にあります。

こうした背景のもと、近年注⽬を集めている光電⼦移動触媒、特にイリジウムやルテニウム触媒は、可視光(⻘⾊光)によって励起され、分⼦の酸化・還元を促進することで、CO2を利⽤した持続可能な分⼦変換への応⽤が期待されています。しかしながら、これらの酸化・還元の過程は通常の量⼦化学計算ではコストが⼤きく、取り扱いが⾮常に困難でした。これに対し、原渕特任教授及び前⽥教授らの研究グループは、光電⼦移動触媒の酸化還元電位をエネルギーシフト法により表現することで、触媒分⼦を明⽰的に扱うことなく電⼦移動過程を評価できる⼿法を提案しました。この⽅法により、従来法と⽐べて⼤幅な計算コストの削減が可能になることが⽰されました。


【研究⼿法及び研究成果】

本研究では、エネルギーシフト法を活⽤した酸化還元過程の計算を反応開発へと応⽤しました。まず、反応の中間体として想定されるラジカル種について、CO2共存下での還元過程を計算したところ、還元とカルボキシル化が同時に進⾏することで、β-アミノ酸が⽣成されることが⽰唆されました。

計算で導かれた反応経路を実現するために、実験では光電⼦移動触媒であるイリジウム錯体と⻘色LED 光を⽤いてアミノアルケンとCO2を反応させ、実際にβ-アミノ酸誘導体が⽣成されることを確認しました。また、低温条件下及び⾼圧条件下(10気圧)の実験結果から、⾼濃度のCO2により副反応が抑制され、⾼収率でβ-アミノ酸が⽣成されることを明らかにしました。

そこで、本反応をフロー合成へと展開するにあたり、静岡⼤学の間瀬教授らの研究グループで開発された「ウルトラファインバブル発⽣装置」を利⽤することにしました。この装置では気体を⾼圧下で液体に溶かし込み、その圧⼒を⼀気に開放することで余剰な気体は粒径1μm 未満のウルトラファインバブルとなります。ウルトラファインバブルは⾮常に細かい粒⼦であるため浮⼒の影響を受けにくく、⻑時間溶液中にとどまります。また、溶解している気体が反応により消費された場合には直ちに溶解することで、溶液中の気体の濃度を⾼く保つ効果があります。この装置を⽤いた気液フロー反応により、わずか3分でβ-アミノ酸を⾼効率かつ連続的に合成することに成功しました。通常のフラスコで⾏うバッチ反応のTOF(Turnover Frequency)*13と⽐較すると、バッチ法ではそのTOF が11 min-1であるのに対し、気液フロー法では45 min-1となりました。この結果から、気液フロー法がβ-アミノ酸の合成において極めて効率的であることが明らかとなりました。


【今後の展開】

本研究で確⽴された、計算化学を活⽤した光触媒反応の予測・開発⼿法は、複雑な構造を持つβ-アミノ酸誘導体の合成展開、新たなC‒C 結合形成反応へのCO2資源化の応⽤、気体-液体フロー法による⾼速連続合成の産業展開、といった多⽅⾯への発展が期待されます。


【謝辞】

本研究は、「JST-ERATO(前⽥化学反応創成知能プロジェクト)」(JPMJER1903)、「⽂部科学省世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)」、「⽂部科学省科学研究費補助⾦ 挑戦的研究(萌芽)」(JP21K18945)、「⽂部科学省科学研究費補助⾦ 若⼿研究(B)」(JP22H02069、JP24K01526)、「JST3/ 6FOREST(創発的研究⽀援事業)」JPMJFR2221)、「⽂部科学省科学研究費補助⾦ 学術変⾰領域研究(A)デジタル化による⾼度精密有機合成の新展開」(JP24H01045、JP24H01070)、「⽂部科学省科学研究費補助⾦ 学術変⾰領域研究(A)炭素資源変換を⾰新するグリーン触媒科学」(JP24H01830)、「JST科学技術イノベーション創出に向けた⼤学フェローシップ創設事業」(JPMJFS2101)、及び「内藤記念科学振興財団」の⽀援のもとで⾏われました。


【論文情報】

論⽂名:Computationally Guided Development of an Alkene Aminocarboxylation with CO2:Synthesis of a β-Amino Acid Derivative(CO2を⽤いたアルケンのアミノカルボキシル化の計算化学的サポートによる開発:β-アミノ酸誘導体の合成)
著者名:神名 航、原渕 祐1,2,3、⽥中耕作三世2,3、林 裕樹2,3、髙野 秀明2,3、⼩塚 智貴、櫻井 ⼤⽃、間瀬 暢之、前⽥ 理1,2,3、美多 剛2,3(1:北海道⼤学⼤学院理学研究院化学部⾨、2:北海道⼤学総合イノベーション創発機構化学反応創成研究拠点(WPI-ICReDD)、3:JSTERATO前⽥化学反応創成知能プロジェクト、4:静岡⼤学グリーン科学技術研究所)
雑誌名:ACS Catalysis(触媒反応の専⾨誌)
DOI:10.1021/acscatal.5c03580(オープンアクセス)
公表日:2025 年7月4日(金)(オンライン公開)

図1.アミノアルケンと⼆酸化炭素を⽤いたβ-アミノ酸の新しい合成法

図1.アミノアルケンと⼆酸化炭素を⽤いたβ-アミノ酸の新しい合成法

図2.新しいβ-アミノ酸の合成法(アミンの⼀電⼦酸化により⽣成するアミジルラジカルを利⽤したα-及びγ-アミノ酸の合成例はいくつか報告されているが、β-アミノ酸の選択的な合成法はこれまでに例がなく、今回、量⼦化学計算を活⽤することでその開発に成功した。)

図2.新しいβ-アミノ酸の合成法(アミンの⼀電⼦酸化により⽣成するアミジルラジカルを利⽤したα-及びγ-アミノ酸の合成例はいくつか報告されているが、β-アミノ酸の選択的な合成法はこれまでに例がなく、今回、量⼦化学計算を活⽤することでその開発に成功した。)

図3.エネルギーシフト法を⽤いた反応経路探索

図3.エネルギーシフト法を⽤いた反応経路探索

図4.基質適⽤範囲の検討

図4.基質適⽤範囲の検討

図5.ウルトラファインバブル発⽣装置を⽤いた気液フロー合成への応⽤

図5.ウルトラファインバブル発⽣装置を⽤いた気液フロー合成への応⽤

【用語解説】

*1:量⼦化学計算
分⼦シミュレーション技術の⼀つであり、原⼦や分⼦の構造や性質、反応性を電⼦状態から解析する⼿法。

*2:β-アミノ酸
カルボキシル基に結合する炭素原⼦(α炭素)の隣の炭素原⼦(β炭素)にアミノ基が結合しているアミノ酸のこと。

*3:光電⼦移動触媒
光励起によって得たエネルギーを⽤いて、基質分⼦に電⼦を渡したり、基質分⼦から電⼦を受け取ったりする触媒。

*4:酸化
電⼦を奪いとる反応。

*5:還元
電⼦を与える反応。

*6:エネルギーシフト法
電⼦状態のエネルギーを上下にシフトさせることで補正し、補正された電⼦励起状態を簡便に取り扱う⽅法。

*7:ラジカル
不対電⼦(対になっていない電⼦)を持つ化学種。

*8:カルボキシル化反応
(‒C(=O)OH) を導⼊する反応で、有⽤なカルボン酸誘導体を合成できる。

*9:交差シーム
異なるスピン多重度を持つ電⼦状態のエネルギーが等しくなる領域。有機分⼦における電⼦移動は、交差シームを通じて効率的に起こると考えられる。

*10:アニオン
負の電荷を持つイオン。電⼦を余分に1個以上持っている粒⼦。

*11:電⼦移動
2分⼦間で起こる電⼦の移動。

*12:ウルトラファインバブル
直径100 μm(=0.1 mm)より⼩さな泡をファインバブルという。さらに、ファインバブルのなかでも直径1μm 以上100 μm 未満の泡はマイクロバブル、直径1μm未満の泡はウルトラファインバブルと呼ばれる。

*13:TOF(Turnover Frequency)
触媒⼀つあたりが単位時間内に何回反応を進めたかを表す指標。

問い合わせ先:

北海道⼤学総合イノベーション創発機構化学反応創成研究拠点(WPI-ICReDD)
教授 美多 剛(みた つよし)
TEL:011-706-9653
FAX:011-706-9655
E-mail:tmita[at]icredd.hokudai.ac.jp
URL https://mitagrouphp.icredd.hokudai.ac.jp/

【配信元】
北海道⼤学社会共創部広報課(〒060-0808 札幌市北区北8条⻄5丁⽬)
TEL:011-706-2610
FAX:011-706-2092
E-mail:jp-press[at]general.hokudai.ac.jp

静岡⼤学総務部広報・基⾦課(〒422-8529 静岡市駿河区⼤⾕836)
TEL:054-238-5179
FAX:054-238-4450
E-mail:koho_all[at]adb.shizuoka.ac.jp

※[at]を@に変更してご利用ください。

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