核酸結合タンパク質を探す新技術を開発 -糖代謝の鍵酵素が特殊な核酸構造に結合することを発見-
【発表のポイント】
● 核酸の特殊構造(G四重鎖:G4(注1))と相互作用するタンパク質を、光触媒(注2)反応を用いて幅広く探索する新しい技術、光触媒近接標識法(注3)を開発しました。
● この新技術をヒト細胞の核抽出液に適用した結果、糖代謝において重要な役割を担う酵素ヘキソキナーゼ1(HK1)(注4)がG4構造に選択的に結合することを発見しました。
● 本手法は高次構造を持つ核酸とタンパク質の複雑な相互作用ネットワークを幅広く解明する強力なツールとなり、核酸が関与する生命現象の理解や新たな治療標的の発見に貢献することが期待されます。
【概要】
DNAは二重鎖だけでなく、グアニンが豊富な領域では四本鎖の特殊な構造(G四重鎖:G4)をとります。G4はテロメアやがん遺伝子の領域に現れて遺伝子の働きを左右しますが、そこに結合するタンパク質の全体像は分かっていませんでした。
東北大学多元物質科学研究所の 鬼塚 和光 准教授、同大学学際科学フロンティア研究所の 佐藤 伸一 准教授(ディスティングイッシュトアソシエイトプロフェッサー)、静岡大学理学部の 大吉 崇文 准教授らの研究グループは、光触媒を組み込んだG4に光を当て、近くにあるタンパク質だけに目印を付ける新技術を開発しました。ヒト細胞の核抽出液に適用した結果、糖代謝の第一段階を担う酵素ヘキソキナーゼ1(HK1)が、二本鎖DNAではなくG4を選択的に認識し、強く結合することを発見しました。HK1が核酸の高次構造と直接結合することを示した報告例はこれまでになく、新しい発見です。本研究成果は、核酸が関与する生命現象の理解や新たな治療標的の発見に貢献することが期待されます。
本成果は、2026年8月27日(ロンドン時間)付けで、国際科学誌Communications Chemistryに掲載されました。
【詳細な説明】
研究の背景
DNAやRNAは、二本鎖構造だけでなく、G四重鎖(G4)のような複雑な高次構造を形成します。G4はヒトゲノム中のテロメアやがん遺伝子のプロモーター領域などに多く存在し、遺伝子の複製や転写、DNA修復など様々な生命現象の制御に関わっていると考えられています。
G4の機能は、それに結合するタンパク質(G4結合タンパク質)と密接に関係しているため、結合するタンパク質を正確に同定する技術が求められてきました。しかし、G4を釣り餌として結合したタンパク質を回収する従来の手法では、親和性の高いタンパク質しか捉えられず、弱く結合するタンパク質や一時的にしか結合しないタンパク質を見逃してしまうという課題がありました。
こうした課題を解決する手法として、標的のごく近くにあるタンパク質だけに化学的な目印を付ける近接標識法が注目されています。近年、G4に結合する低分子化合物(G4リガンド)に光反応基を付けた手法も報告されていますが、リガンド自身がG4上の特定の結合部位を占有してしまうため、本来そこに結合するはずのタンパク質を排除してしまう可能性が指摘されていました。そのため、G4本来の構造をできるだけ乱さずに、周囲のタンパク質を捉える新しい技術が必要とされていました。
今回の取り組み
研究グループは、光触媒(ルテニウム錯体またはBODIPY)を組み込んだヒトテロメア配列由来のG4 DNAプローブと、ヒスチジン残基を主に標識する試薬MAUraを組み合わせた標的タンパク質の光触媒近接標識法を開発しました(図1)。この手法では、青色光(455 nm)を照射するとプローブの周辺で活性酸素の一種である一重項酸素(注5)が発生します。一重項酸素は極めて寿命が短く拡散できる距離が限られているため、G4プローブのごく近傍に存在するタンパク質のヒスチジン残基だけが酸化され、そこにMAUraが結合することで目印が導入されます。標識に要する時間はルテニウム錯体でわずか30秒と短く、氷上で穏やかに反応が進むため、タンパク質や核酸へのダメージを最小限に抑えられます。
研究グループはまず、G4結合タンパク質のモデルであるUP1(hnRNP A1のフラグメント)を用いて本手法の性能を検証しました。その結果、(1)UP1とG4に結合しないタンパク質(ウシ血清アルブミン)の混合物からUP1のみが選択的に標識されること、(2)G4に結合できない変異型UP1では標識効率が大きく低下すること、(3)標識部位が予想通りヒスチジン残基(His101、His119、His173など)であることを確認しました。また、一重項酸素の消去剤を加えると標識が90%以上抑制されたことから、一重項酸素を介した反応機構であることも実証しました。さらに、光照射の前後で円二色性(CD)スペクトルやゲルシフト解析を行い、G4の立体構造とタンパク質結合能が保たれていることも確認しています。
次に、この手法をヒト培養細胞(HEK293FT細胞)の核抽出タンパク質に適用し、質量分析によるスクリーニングを実施しました(図2)。光触媒のみ、あるいは二本鎖DNAに光触媒を付けたプローブを対照実験として比較することで、G4特異的に濃縮されるタンパク質を多数同定することに成功しました。同定されたタンパク質群には、既知のG4結合タンパク質であるhnRNP A1が含まれていた一方、G4に結合しないタンパク質(例えばCPA4)は濃縮されず、手法の妥当性が裏付けられました。
研究グループは、光触媒をG4の5′末端に付けた場合とループ部分に付けた場合を比較しました。その結果、両者で捕捉されるタンパク質群が大きく異なることが分かりました。これは、低分子リガンドを用いる既存手法が単一の結合ポケットに縛られるのに対し、本手法では光触媒の設置位置を自由に設計でき、相補的な情報を得られることを意味します。加えて、2種類の光触媒(ルテニウム錯体とBODIPY)を比較したところ、両者の結果は高い相関を示し、触媒の種類に依存した偏りが小さいことも確認されました。一方でBODIPYは近傍のグアニン塩基によって蛍光が消光される性質があるため、本用途にはルテニウム錯体がより適していることが分かりました。
こうして得られた候補の中で特に注目されたのは、解糖系の第一段階を触媒する律速酵素ヘキソキナーゼ1(HK1)です。本手法で濃縮されたタンパク質の中でも最上位に位置していました。HK1は通常ミトコンドリア外膜に局在し、細胞のグルコース取り込みとエネルギー産生を担うほか、抗アポトーシス活性を持つことが知られていますが、核酸構造と直接相互作用するという報告例はこれまでになく、これがはじめての発見となります。タンパク質間相互作用ネットワーク解析(STRING)および遺伝子オントロジー(GO)解析においても、HK1はRNAスプライシングやDNA複製といった典型的なG4関連タンパク質のクラスターから明確に離れて位置していました。既知のG4関連タンパク質との機能的なつながりがほとんど報告されていないことから、研究グループはHK1を直接検証の対象としました。このことは、本手法が既存の知識の枠外にある新規候補を掘り起こせる可能性を示しています。
精製したHK1タンパク質を用いた生化学的な検証でも、この結合は明確に裏付けられました。ゲルシフト解析(EMSA)(注6)では、HK1が二本鎖DNAには結合せずG4構造にのみ複合体を形成すること、微小熱泳動法(MST)(注7)では解離定数(Kd)11.8 nMという高い親和性でヒトテロメアG4 DNAに結合することが示されました。さらにHK1は、テロメア由来のG4のみならず、がん遺伝子MYCやNRAS由来のG4 DNA、およびテロメア由来のG4 RNA (TERRA)、KRAS、NRAS由来のG4 RNAにも結合することが確認され、G4という構造そのものを認識していることが示唆されました。
今後の展開
本技術は、DNAやRNAの高次構造とタンパク質の相互作用を解明するための極めて有用なツールです。今回発見されたHK1とG4構造の結合は、糖代謝に関わる酵素が核酸構造を介して遺伝子発現や細胞機能の制御にも関与している可能性、ムーンライティング機能(注8)を示唆しています。G4構造がHK1の機能制御に関わるのか、あるいは逆にHK1がG4を介した遺伝子発現制御を担うのか、その生物学的な意義の解明が次の課題です。
なお、近接標識法は原理上、G4に直接結合するタンパク質だけでなく、その周囲に集まる複合体構成因子も同時に捉えます。これは相互作用ネットワークを幅広く描き出せる利点である一方、個々の候補については今後さらに個別の検証が必要です。研究グループは、本手法によって得られた候補リストが、新規G4結合タンパク質の発見と、がんや代謝疾患のメカニズム解明・新規治療薬の開発につながる新たな研究領域を開拓することを期待しています。
【謝辞】
本研究は、JSPS科研費学術変革領域研究(A)「マテリアル・シンバイオシスのための生命物理化学」(JP23H04051、JP23H04050)、基盤研究(B)(JP24K01641、JP23K26769)、基盤研究(C)(JP24K08599)、科学技術振興機構(JST)創発的研究支援事業(FOREST)(JPMJFR2002、JPMJFR2005)、日本医療研究開発機構(AMED)生命科学・創薬研究支援基盤事業(BINDS)(JP25ama121033)、文部科学省「物質・デバイス領域共同研究拠点」共同研究プログラムおよび「人と知と物質で未来を創るクロスオーバーアライアンス」などの支援を受けて行われました。
【用語説明】
注1.G四重鎖(G4):
グアニン(G)塩基を多く含むDNAやRNAの領域が形成する、四本鎖の特殊な立体構造。テロメアや遺伝子のプロモーター領域に存在し、遺伝子発現を制御している。
注2.光触媒:
光を吸収してエネルギーを受け取り、周囲の分子に化学反応を引き起こす分子。本研究ではルテニウム錯体とBODIPY(ホウ素含有蛍光色素)を用いた。
注3.光触媒近接標識法:
光を照射することで活性化する光触媒を用い、その近傍にあるタンパク質などを化学修飾して目印をつける技術。目印を手がかりに標的分子を回収・同定できる。
注4.ヘキソキナーゼ1(HK1):
細胞内に取り込まれたグルコースをリン酸化し、糖代謝(解糖系)の最初のステップを担う重要な酵素。通常はミトコンドリア外膜に局在する。
注5.一重項酸素:
酸素分子がエネルギーを受け取って高い反応性を帯びた状態。寿命が短く拡散距離が限られるため、発生源のごく近傍のみを標識する近接標識に適している。
注6.ゲルシフト解析(EMSA):
タンパク質が核酸に結合すると電気泳動での移動速度が遅くなる現象を利用し、結合の有無を調べる手法。
注7.微小熱泳動法(MST):
溶液中で分子が温度勾配に沿って移動する性質の変化を測定し、分子同士の結合の強さ(解離定数)を定量する手法。
注8.ムーンライティング機能:
一つのタンパク質が、本来知られている機能とは全く別の副業的な機能も併せ持つこと。
【論文情報】
タイトル:Photocatalytic proximity labeling for the identification of G-quadruplex DNA-interacting proteins
著者:Ahmed M. Abdelhady, Shinichi Sato*, Tatsuki Masuzawa, Keishi Deguchi, Mizuki Oba, Takemaru Sato, Nodoka Mase, Toshifumi Yamanaka, Jamila Abbas Osman, Maho Kato, Keita Nakane, Zhengyi Liu, Kazuki Kuwahara, Satoru Nagatoishi, Kouhei Tsumoto, Fumi Nagatsugi, Takanori Oyoshi*, Kazumitsu Onizuka*
責任著者:東北大学多元物質科学研究所 准教授 鬼塚 和光、東北大学学際科学フロンティア研究所 准教授 佐藤 伸一(ディスティングイッシュトアソシエイトプロフェッサー)、静岡大学理学部/グリーン科学技術研究所 准教授 大吉 崇文
掲載誌:Communications Chemistry
DOI:10.1038/s42004-026-02170-9
URL:https://www.nature.com/articles/s42004-026-02170-9
関連リンク
問い合わせ先:
(研究に関すること)
東北大学多元物質科学研究所
准教授 鬼塚和光(おにづか かずみつ)
TEL:022-217-5634
Email:kazumitsu.onizuka.d7[at]tohoku.ac.jp
(報道に関すること)
東北大学多元物質科学研究所 広報情報室
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TEL : 054-238-5179
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