シリコン・トランジスタ上で電子正孔共存系の形成に成功

2023/10/31
プレスリリース

シリコン・トランジスタ上で電子正孔共存系の形成に成功
― エネルギー散逸のない超低消費電力デバイスへの応用に期待 ―


静岡大学電子工学研究所の 堀 匡寛(ほり まさひろ)准教授小野 行徳(おの ゆきのり)教授、および、島根大学の 影島 博之(かげしま ひろゆき)教授の研究チームは、シリコン・トランジスタ※1の電気的制御により同トランジスタ上で電子と正孔を同時に存在させることに成功しました。

そしてそこで生じる再結合※2の電流から、それらの電子と正孔が極めて近接していることが明らかとなり、さらには「強く束縛したペア(励起子)」を生成していることも示唆されました。
これらは、励起子の量子凝縮※3をシリコン・トランジスタ上で実現するための大きな一歩であり、超流動状態※4を利用した超低消費電力デバイス創生や量子コンピュータ開発など低温エレクトロニクスに広く貢献するものと期待されます。

本成果は、2023年10月31日(英国時間)に英国科学誌「Communications Physics(コミュニケーションズ・フィジックス)」オンライン版で公開されます。

【研究の背景】

高度情報化社会を基盤から支える集積回路の性能は、その主要構成部品であるシリコン・トランジスタの性能に依っています。
これまでトランジスタは微細化により動作速度向上と消費電力低減を可能にしてきました。
しかし、原子サイズにまで縮小したトランジスタではそれらはもはや期待できず、そのため微細化に依らない新原理で動作する革新的デバイスの創出が求められています。
一方、半導体上で電子と正孔が同時に存在する多体系(電子正孔共存系)では、その密度と温度に依存して励起子、プラズマ、液滴といったさまざまな相が形成され、基礎多体系物理の観点から注目を集めています。
特に極低温下における励起子は量子凝縮すると超流動へと転移することが理論的に証明されており、これをデバイスに応用する研究が様々な材料・構造を用いて盛んに進められています。
しかしながら、集積回路を構成するシリコン・トランジスタでは電子と正孔を同時に存在させることが困難(図1)であったため、その研究はほとんど進展していませんでした。
もしシリコン・トランジスタ上で励起子の量子凝縮を発現することができれば、既存トランジスタの消費電力を大幅に低減できる可能性があり、これにより大規模量子コンピュータで必須となるクライオCMOS集積回路※5などの低温エレクトロニクスに広く貢献することが期待されます。

【研究の成果】

以上の背景のもと、静岡大学と島根大学の研究チームは、シリコン・トランジスタのゲート電圧制御により電子と正孔を同トランジスタ上で同時に存在させることに成功しました(図2)。またそこで生じる再結合の電流を解析したところ、その電子と正孔は約5ナノメートル(10-9m)の距離で極めて近接していることが明らかとなりました。さらにその再結合過程を観察すると、ランダムで早い再結合を経て、ゆっくりとした再結合に切り替わることを見出しました(図3)。これは、量子凝縮で重要となる、電子と正孔が強く束縛した電子正孔対(励起子)が生成されているという「モデル」で説明でき、今後さらなる検討によりシリコン・トランジスタ上で励起子量子凝縮の発現が期待されます。


【用語解説】

※1…トランジスタ
ここでは、集積回路の主要構成素子である金属-酸化膜-半導体電界効果トランジスタ(MOSFET)を指す。当該トランジスタでは、母材としてシリコンが用いられている。シリコン基板上に絶縁膜(シリコン酸化膜)を介して形成されたゲート電極に電圧を印加することで、シリコン/シリコン酸化膜界面を流れる電流をオン・オフさせることができる。

※2…再結合、再結合電流
電子と正孔(電子の抜けた穴)が結合して両者が消滅することを再結合といい、再結合により生じる電流を再結合電流という。

※3…励起子、量子凝縮
半導体中で電子と正孔がクーロン力により強く束縛したペアを励起子(エキシトン)と呼ぶ。励起子は一対の電子と正孔で構成されるため整数スピンをもちボース粒子とみなすことができ、極低温下でボース・アインシュタイン凝縮することが理論的に予測されている。

※4…超流動
量子凝縮によりもたらされる抵抗ゼロの摩擦のない流れのことをいう。超流動状態ではエネルギーの散逸がない。

※5…クライオCMOS
大規模な量子コンピューティングのために多数個の量子ビットを制御する必要があるが、それらの制御に用いられる集積回路のこと。同集積回路は、極低温下の冷凍機内に配置して動作させることが検討されておりクライオCMOSと呼ばれている。CMOSは、相補型の金属-酸化物-半導体素子のこと。


【論文掲載情報】

掲載誌: Communications Physics
タイトル: Electrical control of transient formation of electron-hole coexisting system at silicon metal-oxide-semiconductor interfaces
著者名: Masahiro Hori, Jinya Kume, Manjakavahoaka Razanoelina, Hiroyuki Kageshima and Yukinori Ono

 図1:シリコン・トランジスタの構造と基本動作  pチャネル型(左)とnチャネル型(右)トランジスタにおいて、それぞれのゲート端子に負電圧/正電圧を印加すると正孔(正電荷、青丸)/電子(負電荷、赤丸)がソース-ドレイン端子間を流れる。この基本ゲート操作では、どちらか一方の極性をもつキャリアしか流すことができない。

図1:シリコン・トランジスタの構造と基本動作
pチャネル型(左)とnチャネル型(右)トランジスタにおいて、それぞれのゲート端子に負電圧/正電圧を印加すると正孔(正電荷、青丸)/電子(負電荷、赤丸)がソース-ドレイン端子間を流れる。この基本ゲート操作では、どちらか一方の極性をもつキャリアしか流すことができない。

 図2:本手法(nチャネル型トランジスタを用いた場合)   まずゲートに負電圧をセットし、界面に正孔を蓄積させる(左図)。続いて、正方向の電圧に高速で切り替える(右図)。ここではゲートを負電圧からゼロボルトへ高速に切り替えた場合の例を示している。正孔はゲート電圧の急な変化に追従できず界面に留まり、電子はその正孔に引き付けられるようにソース/ドレイン端子から流入する。この結果、電子正孔共存系が形成される。

図2:本手法(nチャネル型トランジスタを用いた場合)
まずゲートに負電圧をセットし、界面に正孔を蓄積させる(左図)。続いて、正方向の電圧に高速で切り替える(右図)。ここではゲートを負電圧からゼロボルトへ高速に切り替えた場合の例を示している。正孔はゲート電圧の急な変化に追従できず界面に留まり、電子はその正孔に引き付けられるようにソース/ドレイン端子から流入する。この結果、電子正孔共存系が形成される。

 図3:再結合電流の実時間計測に基づくモデル  電子正孔共存系形成直後のランダムで早い再結合過程を経て、ゆっくりとした再結合過程に切り替わる。これらは、高密度プラズマの状態から励起子の状態へ切り替わるというモデルで説明できる。

図3:再結合電流の実時間計測に基づくモデル
電子正孔共存系形成直後のランダムで早い再結合過程を経て、ゆっくりとした再結合過程に切り替わる。これらは、高密度プラズマの状態から励起子の状態へ切り替わるというモデルで説明できる。

本件に関する問い合わせ先:

国立大学法人静岡大学 電子工学研究所
准教授 堀 匡寛
Tel:053-478-1349
E-mail:hori.masahiro[at]shizuoka.ac.jp

国立大学法人島根大学 総合理工学部物理工学科
教授 影島 博之
Tel:0852-32-6104
E-mail:kageshima[at]riko.shimane-u.ac.jp

(広報担当)
国立大学法人静岡大学 広報・基金課 広報係
Tel:054-238-5179
E-mail:koho_all[at]adb.shizuoka.ac.jp

国立大学法人島根大学 企画広報課 広報グループ
Tel:0852-32-6603
E-mail:gad-koho[at]office.shimane-u.ac.jp

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