「壊れる」のメカニズムを探る : 菊池 将一 KIKUCHI Shoichi (材料強度学)

表面改質を用いた多機能金属材料の創製

菊池将一准教授(工学部)は金属破壊分野で、表面改質を施した金属材料の疲労特性評価、高輝度放射光を利用した金属材料の疲労損傷評価、金属基生体材料の高機能化プロセスの開発、粉末冶金を利用した高機能金属材料の創製などに取り組んでいる。また、大気圧プラズマやキャビテーション技術を表面改質にも取り入れ、他分野との融合も積極的に行っている。研究キーワードは、金属疲労、表面改質、粉末冶金、生体材料。

2023年3月取材

Chapter 01

金属製品の破壊・破損を防ぐポイントは表面のミクロ組織をいかに改質するか

「破壊」という言葉を聞いて、多くの方がネガティブなイメージを思い浮かべることでしょう。これは、航空機・自動車などの輸送機やインフラ機器の破壊が事故に直結し、時にヒトの命を奪い私達の生活を脅かすためです。産業界において金属は構造部材として実用されているため、さまざまな金属製品の破壊・破損を防止することは大変重要な課題であるといえます。

金属製品の破壊・破損を防止するためには、何が必要か。ポイントは、金属表面のミクロ組織をいかに改質するか、です。なぜなら、外部環境との接触によって金属表面の腐食や摩耗が生じたり、力学的に大きな力がかかったりしやすいためです。なかでも、小さな力が繰り返し負荷することによって生じる金属疲労が、主な破壊要因とされています。日常生活を送る中で私達が疲れてしまうように、金属も「疲れ」てしまうのです。

Chapter 02

「壊れるメカニズム」 を知っているからこそ、「壊れないモノ」を生み出すことができる

私達の疲れはぐっすり寝ればとれますが、金属はそうはいきません。そのため私は、金属疲労を防ぐ新しい表面改質の開発に関する研究を行っています。改質の手法は多岐にわたりますが、最近の取り組みとして”一工夫した粉末”を高速で金属に打ち付けることによって、加熱せずとも熱処理の効果を生み出すことのできる環境に優しい表面改質技術の開発があります。この技術は新聞報道されるなど、産業界での実用化が期待されています。

また、”一工夫した粉末”を押し固めることによっても複雑なミクロ組織に制御することができ、複数の特性に優れる材料(多機能金属材料)を創製するための指針作りにも取り組んでいます。「壊れるメカニズム」 を知っているからこそ、「壊れないモノ」を生み出すことができます。

Chapter 03

「破壊」の対象は機械から日本酒づくりの米まで

ネガティブなイメージのある破壊研究に取り組む工学研究者のマインドは、決してネガティブではありません。むしろ『破壊をなくしてやろう!』というポジティブな意気込みで研究に臨んでいます。世の破壊をなくすための取り組みは地味ですが、意義深いです。

また、破壊をなくす対象は、なにも金属製の機械構造物に限ったことではありません。例えば、日本酒を造る工程では、いかに破壊させないか、が重要視されます。精米工程では米が砕けないように磨く技術が求められ、発酵工程では酵母の細胞壁を壊さないことが美味しいお酒作りの秘訣です(菊池酒造㈱顧問を兼任しています)。金属材料の強度評価技術を応用し、いずれは酵母の破壊強度も実験的に評価したいと考えています。

Chapter 04

破壊をなくすだけではなく、
「ほどよく壊れる」ように調整する技術も求められている

製品によっては「ほどよく壊れてほしい」こともあり、破壊をコントロールすることの重要性も痛感しています。例えば、医療系民間企業(ドクターズ㈱顧問を兼任しています)では、新たなデジタルヘルスプラットフォームを広く展開しており、600名超の現役医師チームによるクラウドソーシング事業の1つとして、服薬管理システムの開発を手掛けています。特殊センサー付きのアルミ箔が破壊(薬が開封)されると、遠隔で担当医師が患者の服薬を検知し、薬の飲み過ぎや飲み忘れがないかをモニタリングできる仕組みです。そのため、服薬する時にだけ患者がアルミ箔を簡単に破壊できるかどうか、がポイントとなります。

さまざまなアプリケーションを意識し、破壊をコントロールする立場から安心・安全な社会構築に貢献したいと考えています。

[写真]准教授 菊池 将一 KIKUCHI Shoichi
[プロフィール写真]准教授 菊池 将一 KIKUCHI Shoichi

准教授菊池 将一 KIKUCHI Shoichi (材料強度学)

1981年4月生まれ、2010年慶應義塾大学大学院博士課程修了、2010年立命館大学助教(2013.4-9カイザースラウテルン大学客員研究員兼任)、2014年神戸大学助教、2018年静岡大学准教授(2019.10-慶應義塾大学訪問准教授兼任,2020.11-JSTさきがけ研究員兼任)
2022年より第5期研究フェロー

主な研究業績

受賞歴:
  • ⽇本材料学会疲労部門委員会論文賞(2023年)
  • 日本材料学会生体・医療材料部門委員会研究奨励賞(2021年)
  • 日本材料学会論文奨励賞(2017年)
  • 日本材料学会学術奨励賞(2015年)
  • 日本機械学会三浦賞(2007年)など。
外部資金獲得状況:
  • 科学研究費補助金 基盤研究(B)「4次元的損傷分散概念に基づく多機能ヘテロ金属創製原理の創発」(2022年~2025年)
  • 科学研究費補助金 挑戦的研究(萌芽)「がん転移に関わる細胞分化機構解明を目的とした細胞-細胞間引張強度測定技術の創成」(2021年~2023年)
  • JST戦略的創造研究推進事業(さきがけ)「周期ミクロ強度勾配制御による多機能材料設計」(2020年~2024年)
  • 科学研究費補助金 基盤研究(B)「マルチスケール計測による高機能ヘテロ構造材料の4次元損傷評価」(2019年~2022年)など。
学会等:
  • 日本材料学会疲労部門委員会庶務幹事(2022年~)
  • 日本材料学会疲労部門委員会疲労に関する表面改質分科会主査(2021年~)など。
国内外の学会誌編集等:
  • 日本材料学会編集委員会委員(2016年~)
  • 国際誌 “Fatigue & Fracture of Engineering Materials & Structures” Editorial Board Member(2022年~)
著書・論文:
  • 1) S. Kikuchi, K. Minamizawa, J. Arakawa, H. Akebono, S. Takesue and M. Hayakawa, Combined effect of surface morphology and residual stress induced by fine particle and shot peening on the fatigue limit of carburized steels, Int. J. Fatigue, 168, 107441, (2023).
  • 2) K. Fujita, M. Ijiri, Y. Inoue and S. Kikuchi, Rapid nitriding of titanium alloy with fine grains at room temperature, Adv. Mater.,33, 20, 2008298, (2021).
  • 3) S. Kikuchi, Y. Nukui, Y. Nakatsuka, Y. Nakai, M. Nakatani, M.O. Kawabata and K. Ameyama, Effect of bimodal harmonic structure on fatigue properties of austenitic stainless steel under axial loading, Int. J. Fatigue, 127, 222-228, (2019).

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静岡大学研究フェロー